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深爪エリマキトカゲ
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◆ 「反主義」入れ子リョシカ
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 世の中には多くの矛盾があるが,その矛盾は,継承と創造のように,対立したA・B二つの概念の両方ともが必要な場合に生ずるのである.そしてその矛盾を乗り越えるということは,Aかその反対のBかどっちかを肯定し,他は否定してしまうとか,一方を選択して残る一方には目をつぶるというのではなく,二つの矛盾したモノを同居させていくようにしないと物事はうまくいかないのではないか,ということである.(…)
 禅では,「二見に堕すな」と厳しく教える.一方を肯定し他方を否定することを二見(二つの見解.見とは信じたものとかイデオロギーのこと)と言い,それは堕落であるとする.継承することが創造することであり,創造することが継承することになるように,A即B,B即Aと実現するように事を行えと指導する.(…)
 一つだけ大切な注意だが,二見に堕すなといっても,二見はダメで一見はよい,というふうに固執すると,そのことがすでに「二見」対「一見」となって二つに分かれ,二見に堕してしまうことになる.だから十分な注意が必要なのだ.だから本当の一見とは,その一見にも固執しないことをいうのだ.この姿勢を「非」というのである.
森政弘『「非まじめ」思考法』p.63-64
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「二つの矛盾したモノを同居させていく」とは,交渉の場では「ナカとって主義」と呼ばれる.
一つの正義に従って結論を下すよりも,相反する正義同士(これはざらにある)をお互いが
譲歩し合い,妥協し合わせ渋々ながらも納得させる落としどころを見つける方が格段に難しい.
その解法として「win-win関係」よりも「三方一両損」すなわち痛み分けが有効な場合もある.
どちらが有効とみなすかは,交渉者の立場次第だ.
欲望の亢進を善とする,あるいは「成長戦略」なるものに何の疑いも持たなければ前者を選択する.
その逆もある.

…なぜか交渉の場を想定してしまったが話を戻せば,
「二見に堕さない」という禅の教えは無限の階層構造をしている.
少し前の併読リンクでワシダ氏著書を取り上げた時に触れた「臨床」がこれに関係していると思われた.

「二見に堕すのは堕落」と抜粋にあるが,これは「二見は手間を省くためにある」とも言える.
昔に思考し判断を下した事例と似た問題に居合わせた時に,その経験をもとに最小限の思考でその問題を解く.
これは学校などの教育現場における被教育者にとっては「学習そのもの」である.
言語は学習せずに扱えないものであり,そのことだけでも学習は生活上必須である.
が,学習とはすなわち「二見の姿勢の洗練」なのだ(ここで「二」という数字には意味はない).

学習する過程のどこかで,この事実に気付いた時に,矛盾の効用に気付く.
「矛盾とはその全てが解消すべきものであるとは限らない」と.
「世の中は矛盾に満ちている」と言ってなるほどそれは事実だと思われた時,
その事実にうんざりするのではなく「それは当たり前のことなのか」と涼しく了解する.
学習しなければ気付けないが,学習し過ぎては見えなくなる.
これも矛盾と言ってもよいのだがそれには少し違和感があって,
ここで矛盾とは「物事は単純ではない(=複雑である)」の言い換えであると気付く.

…臨床の話をしたいのであった.
前に「専門性を捨てる準備のあること」(@ワシダ氏)が
「上位の臨機応変」(=経験を活かしながらそれに囚われない)なのだと言ったのだが,
これらは「二見に堕さない」禅の教えと相通ずるのだな,と.

何か自分の生活において成立している法則のようなものがあって,
その法則が他のどのような場面で成立し得るのかに興味がある場合,
その法則そのものだけを考えるのではなく,
その法則と形を同じくする別の法則を思い浮かべてみる.
その具体的な「法則間の法則」が構造と呼ばれるもので,
様々な場面で当の構造が透けて見えることに気付いたならば,
その構造を内在している(自分の生活で成立していた)法則への信憑性は高まる.
その信憑性とは,普遍性の別名である.
なぜ普遍性が気になるかと言えば,その法則が万人に成り立ちうる可能性を開くからである.

+*+*+*

久しぶりに考えるととりとめがない.
(「いつものことだろ」というツッコミは受け付けません.だって自分でもう突っ込んだし)
名古屋出張自体は終始恙なく,
唯一の事故といえば帰って来てから行く前に作ってた生野菜サラダを食べてアたったことだけ.
(確かに生野菜サラダは乾いた雑草の臭いがしたが毒性は感じられなかった.
 もしかすると皮をむいて保存していたリンゴが悪かったかもしれない)
腹痛に悶え苦しみ,耐えきれず飲んだ正露丸がまた消費期限2年過ぎてたりもしたが,
もう飽きたのかそれは大丈夫だった(←意味不明).

ということでやっと日常に戻る.
…しかし年末は何やら忙しそう.
残業時間が何の違和感もなく増えつつあるので,
一度スパっとテイジソッコウせねば.
…まあマイペースで.
by chee-choff | 2011-12-14 00:54 | 読書