深爪エリマキトカゲ
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平和のみでもほらほーらだから7時間残業でも平均台
たまに剃り損ねる。

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# by chee-choff | 2013-07-03 01:54 | 社会人
うちの部署は平和だから9連勤でも平気
9連勤は平気だけど、
武装錬金は兵器です。
懐かしいなあ…
そういえば「るろ剣」と同じ作者だと聞いて驚いたのを思い出した。
懐かしいなあ…

「はたらくでござるよ」

やれやれ。
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# by chee-choff | 2013-06-22 23:46 | 社会人
ポーチにて
先は長い。

>>
フロイトは、精神分析的治療を受ける患者が自分の疾患に対してとる態度は、決して肉体的苦痛に対するのと同じであってはならないと、いつも強調していた。患者は、その疾患現象を自分自身の一部と見なすようにならねばならない。かれは、症状とその原因を外的なものとして取り扱うのではなく、ある程度までその疾患に対する責任をひきうける用意がなくてはならない。フロイトは、この問題を、夢の内容に対する責任という類比的な事例において、次のように論じている。
言うまでもないことだが、誰でも自分の悪い夢の動きに対して責任を負わねばならない。……もしその……夢の内容が見知らぬ霊どもがそそぎこんだものでないとすれば、それは私の存在の一部である。(…)」
J.ハーバーマス『認識と関心』p.246-247

その流された血に対して、僕はたぶん責任を負うことになるだろう。自分が裁判にかけられているところを想像する。人々が僕を非難し、責任を追及している。みんなが僕の顔をにらみ、指をつきつける。記憶にないことには責任を持てないんだ、と僕は主張する。そこでほんとうになにが起こったのか、それさえ僕は知らないんだ。でも彼らは言う、「誰がその夢の本来の持ち主であれ、その夢を君は共有したのだ。だからその夢の中でおこなわれたことに対して君は責任を負わなくてはならない。結局のところその夢は、君の魂の暗い通路を通って忍びこんできたものなのだから
村上春樹『海辺のカフカ(上)』p.227-228
>> 
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# by chee-choff | 2013-06-16 00:15 | 併読リンク
ホルモン掘ったら「ホルモォォォー!!」
ちょっとだけ。

一本歯でしゃがむ時にヤンキー坐りになりかけで止めて「乙女しゃがみ」(女の子が道端の猫をつんつんする時にちょっと斜にしゃがむアレ)に修正する動作の流れができてきて、このしゃがみ方がとてもバランスが悪いことを体感している。
斜になるのはしゃがんだ正面で動作するには膝が邪魔になるからであるが、それはおいて、どう向くにしろ足を(歯が真っ直ぐになるように)揃えてしまうとしゃがみきるまでに前後にふらついてしまう。
それは左右の足を少し前後に違えることで回避できるのだけど、これも重心が片足に寄ってしまってあまりよろしくない。
しゃがむ過程を割って重心が下がる間前後にブレないように意識すればいいんだと思うのだが、何かよい喩えはないものか…
まあまずは慣れかな。

あと最近「将来ハゲにならないこと」を行動の第一指針とする高校生のマンガを読んだのだけど、乙女動作に修練していけば女性ホルモーが増えて髪質に効いてくるとかないのかな。
よし、証明してみよう。
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# by chee-choff | 2013-06-15 23:32 | 在宅天狗
三重人格
これがホントの県民性…とかゆーたら京都人もびっくりやね。
Q.タイトルの作者を答えよ。
(ヒント:『二重人格』はドストエフスキー)

+*+*+*

またもや降って湧いたボーフラ出張が、梅雨入りのせいでか増殖して出現しました。
一昨日話が決まって昨日三重へ行って、日帰りで会社に戻ったらまた話が出てきて今日も三重へ日帰り。
そして今日の出張の目的が昨日持って帰った機材を持って行くというシシュフォス的労働。
まあ「神話的世界」(@鶴見俊輔)を地で行ったってことで(大嘘)
この2日で20時間近く車中の人となってました。
俗に言う「シャッチュさん」ですね(意味不明)

その車中で『健全な肉体に狂気は宿る』(内田樹・春日武彦)を読了。
今の自分にタイムリーな話題もあって興味深かったのだけど、そのへんはまた後日。

疲れた。。
んでこの期に及んで明日も出勤とかヒドイ。。
ま、2日ぶりに味噌汁食べられて元気出たんで頑張ります。
やっぱ外食より家食です。
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# by chee-choff | 2013-06-08 00:05 | 社会人
マメでないマメの話
班目でもなければマラルメでもなくて。

+*+*+*

ストレート予告は外れというか「登板機会なし」でした。
つまり歯の高い一本歯の新規購入を検討したんですが、店主に取り扱ってないと言われた。
まあ無いなら仕様がない。
今履いてるのを山歩き用に使おうと思ったのだけど、天狗の「本山デビュー」は持ち越しとなりました。
次の縁を待ちましょう。

+*+*+*

足の裏の各部名称が分からないのでまたリンクを張っておいて…
両足裏の「踏み付け」の外側(小指側)にタコができていて、ずっと前から固いなーと逆の足の親指の爪でカリカリしていたのだけど、昨日に突然痛み出した。
ちょっとズキズキする程度なのだけど、下駄履くと特に痛いなあと思ったらちょうどタコができた所が下駄の底板から足裏のはみ出す部分だった。
どうもバランスをとる時に外側(小指側)に体重をかける癖があったようだ。
しゃがむ時にヤンキー坐りになるのが何よりの証拠で、確かにバランスはとりやすいのだけど外傷になるほどの負担はやはり良くない。
ということでしゃがむ時は膝をくっつける「乙女座り」を心掛けるとして、立っている時も内側(親指側)に体重をかけるようにしてみよう。

で、やってみたら、両足裏は平行なのに内股のような頼りない姿勢になって、なぜか腰が痛い。
背筋を伸ばせないはずはないのだがやりにくい…変に癖がついちゃったかしら。
直そう、とりあえず。

余談だけど、内股とか外股は両足裏の平面上の位置関係を表しているはずで(俯いて見た時に内股がハの字、外股が逆ハの字)、平面上と言ったのはどっちの股でも足裏の地面への着き方は一緒(いちおう「ぴったり」)という意味で、それに対して今回の話の中の「体重を小指側にかけるか親指側にかけるか」というのは、単純化すれば両足裏は平行だけど着地の仕方が左右方向でぴったりしてなくて、分かりやすく言えば自分のすぐ後ろにいるゴキブリから見て両足裏の接地面がハの字か逆ハの字かの違いだ。
で、これが長ったらしいので前者を「外側股」、後者を「内側股」と呼んでみようと思う。
あんまパッとせんかなぁ…
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# by chee-choff | 2013-06-03 00:28 | 在宅天狗
「事件は会議室で起きてんじゃな(ry
勉強中デス。

>>
 実証主義は、さまざまの違う伝統を持続的に追放し、諸科学の自己理解を非常に巧みに独占した。その結果、ヘーゲルとマルクスによる認識批判の自己止揚以来、客観主義の仮象は、もはやカントを頼りとしては打ち破ることができなくなった。それは、内在的に、自分自身の問題を追及しながら止むなく自己反省に達する科学方法論によってやっと打ち破ることができるのである。合法則的な構造をもった諸事実という即自態(アン・ジッヒ)が在ると諸科学に思いこませ、こうしてこれらの事実をあらかじめ構成する作用を隠蔽する客観主義は、もはや外から、つまり再建された認識理論の立場からは効果的に克服できず、ただ自己自身の制限を超え出る科学方法論によってのみ克服される
J.ハーバーマス『認識と関心』p.77-78

 倫理と科学の統合には、およそ二つの段階が考えられるだろう。ひとつは生物学的方法論そのものに、倫理が組み入れられる可能性。その根拠は「リスク」であり、より具体的に言えば直接人間に関わるリスクである。(…)
 ここにおいて、倫理は科学的方法の一部として明らかにされねばならないし、倫理はそこにおける「リスク」の性格を明らかにしなければならない。すなわち、わたしたち「生き物」が本質的にもっている多様性や変動性そのものが「リスク」であり、そのようなリスク(偶然性と言い換えてもよい)を評価して行動できるような指針を作れる科学でなければならないのである。倫理を科学の外部に求めるのではなく、科学の内部から倫理を提示する段階。科学が倫理とは何なのかを明らかにする可能性である。
港千尋『自然 まだ見ぬ記憶へ』p.98-99
>>
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# by chee-choff | 2013-05-29 22:57 | 併読リンク
波乗りジョニーウォーカー
2つの流れに乗っていました。

(1) 愛知→秋田→大分(いまここ)→長野

これは毎晩メインの味噌汁の味噌の産地。
愛知は合わせ&味付けアリの赤味噌で甘口、秋田はちょっと忘れたけど米味噌の味付けアリで辛口、大分は麦味噌100%(麦粒がいくらかそのまま入ってる)で甘口、おととい買った長野は米の赤味噌で辛口(あと「酵母が生きている」らしい)。
だいたい500gのを買ってて(長野だけ750g)使い切るのに4週間程度かかっていて、具材も味付けもだんだん変わってはいて(でも味噌の残りが少なくなってくる頃には味は安定してくる)、何が言いたいって「この味噌が一番美味い」みたいな評価は最初からしようと思っていない。
味噌を選ぶ時も「甘口の次は辛口かな…」くらいは考えるけどそれ以上は考えてなくて(あれ、そういえば辛口はどれも北の方やな…ラーメンと同じく「寒い地域では塩味が強い」のかしら?)、どこかで京都の白味噌を入れたいなあとか大手メーカー(○ルコメ?)はなんか避けちゃうなあとか、味噌の陳列棚の前で考え込むわりに大したことは考えていない。
「どれがおいしいか」はたぶん追求してなくて、見かけとかラベルから味を想像して(いや、やっぱり「これがおいしそう」と思ってはいるのか)何らかの基準で一つを選び出しているはずなのだが、味噌を買うつもりのない時にも棚の前で真剣な眼差しで多種の味噌を見つめているところからして「選ぶ基準をわからなくしている」ことだけは確からしく思われる。
「行き当たりばったりの運命的な出会い」みたいなのは出会いの場面で一度考え込んでしまうと「ばったり」でなくなると思われがちだが、ある所を突き抜けるまで考え込めば「一度(出会う、考えが及ぶなどの)想定はしたが深層意識に潜り込んでしまった要素が(顕在意識および前意識の複雑さのあまり)意表をついて飛び出して来るというかたちでのばったり」の出会いを実現させることも可能なのである。
これは「"計画的無計画"という無計画」と同じで、「意図は意図を超えられる」ということ。
このことはむーさんに習った。

(2) ジョニ赤→グランツ→シーヴァス(いまここ)→???

分かる人には分かる、これはウィスキー。
と玄人ぶっても仕方なくて、この年始から本格的に飲み始めたのだけど、ほぼ毎晩飲んでいながら今日やっと3本目のシーヴァスを開栓したところでペースはかなり遅い(「読書のお供」として飲んでいるのでほんとに「ちび飲み」なのだ)。
きっかけは年末に実家で飲んだマッカラン12年が素晴らしく美味しかったことと、ちょうどその頃『海辺のカフカ』(村上春樹)を読んでいた(作中で「ジョニーウォーカー」が出てくる)ことがリンクしたからであった(「リンクの意味」はどうでもよくて、とにかく「繋がったものはしょうがない」。あまり良くない感じで繋がった場合はハルキ仕込みの「やれやれ」が呟かれることになるが、今回のようないい感じの繋がりがあった時はまだ定着した表現はなくて「ほお」とか「へえ」くらいだろうか)。
これも味は…いや美味しいのだけれど、いつか「利きウィスキー」ができるようになるなんてことは多分なくて、まあなんでもいいかというか、だんだんグレードが上がっていくのかなーといったくらい。
そういえばシーヴァス(実は世間のGW中に消費者応援セールかなんかで3割引で買った)という名前は最近何度か見覚えがあって、内田樹のブログ(たしか学生とフランスに研修旅行に行った時の話で空港の免税店で買ったとか何とか)と村上春樹の『辺境・近境』(アメリカ横断ドライブの話の中だったかな…)だ。こういうのを読んだり新聞広告(あれは18年だが)に何度も載ったりすると無性に飲みたくなるものである。
18年にはいつかたどり着きたい。
次はジョニ黒かな…いやAmazonで「ニッカ フロム ザ バレル」の評判が良いのも気にはなっている。
今後の展開も予断を許さない(気分でころころ変わるし)。
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# by chee-choff | 2013-05-26 23:54 | 社会人
はたてが住むのは「はったて小屋」
いや、すまないが星蓮船あたりからキャッチアップできていないんだ。

+*+*+*

ということで在宅天狗の「進化予告」でした。
今回はシンカーではなく、ストライク狙いの直球です。
打てます。(何が)
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# by chee-choff | 2013-05-21 23:16 | 在宅天狗
imperfect insider
 街は海に沈んでいる。
 だが海面も見えなければ波も立ってはいない。
 海底で暮らす僕らの口から泡が出ているのも見えない。
 ただ視界が青みがかり揺らめいている。
 そして全ての音がくぐもって聞こえる
 街を満たしているのは空気ではなく水なのだ。

 水に囲まれていると心が静まる。
 身体に伝わる全ての刺激が間接的になる。
 波動は水の緩衝作用によって柔らかくなる。
 全ての音は遠くから聞こえ自分に向けられているかも定かではない。
 全ての光は進むごとに拡散されあらゆる像が曖昧となる。
 身体は水の一部となりつつある。
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# by chee-choff | 2013-05-10 23:18 | 妄想