深爪エリマキトカゲ
cheechoff.exblog.jp
Top
姪と狸と印
2日は兄一家が実家にやってきたので姪(3歳)と遊んだ。
請われるままに、何がなんだか分からぬまま遊ぶのだが、子どもはそれで大喜びなのだからすごい。
キリンさんのぬいぐるみと粘り気のある輪っか(変な想像しないでね)がいくつかあって、彼女は輪投げが好きらしく去年の正月はキリンさんに向かって輪を投げていた。
が、今年はなぜそうなったのか、僕が彼女に輪っかをかけることになって、5つ全部かけると姪は「ゔぁ〜!」と言いながら蛙飛びみたいな(本人に聞くと蛙ではなかったのだが、というか蛙が帰るに聞こえたらしくちょっと不機嫌な顔になったのだが)ジャンプをして輪っかを周囲にばらまくのが楽しいようだった。その時に手を使わずジャンプした時の慣性だけで輪っかを飛ばすのがこだわりらしい。まあ何度もやって取れない時は手を使っていたけど。
で、飽きずにその「カタルシス輪投げ」(僕のネーミングセンスも意味不明だな)を何度もやっていると、僕が彼女に輪っかをかける時にもなんだか嬉しがり始め(一つ輪をかけてあげるたびに奇声を上げていた。ほんとうにパワフルな子だ)、「テレビで表彰台でメダルをかけられる場面でも見たのかな」と思ったけど(という話からわかるように輪投げといいながらものすごく近距離で輪を首にかけていて、まあ投げてはいないわな)、そんなことどうでもよくて、ただただ楽しいという表情をしていたのが良かった。
あとは豚さんのぬいぐるみの上に積み木をどんどん重ねていくという遊びもしていたのだけど、これもいつの間にやら僕と彼女で交互に重ねていくことになり、しかし僕のそばに積み木がなくなった時に、彼女がそれに気付いて「(積み木を)ちょーだいって言って」と言ってきたことにへぇと思った。
というのもそれが最初だけじゃなくて、手を出すだけだとやっぱり「ちょーだいって言って」が出てくるので、なんだか「自分の言葉によって(その言葉通りに)周りが動くこと」に新鮮さを感じているように思えた。
やはり子どもはおもしろいなあ、未知のかたまりだなあと思った。

+*+*+*

変わって3日はJR沿線そばで火災があった影響で、帰りの新幹線が大変だった。
ダイヤが最大4時間遅れという表示があり京都駅の新幹線改札が人でごった返していたけれど、最初から席を諦めている自分には関係なかった。
とはいえのぞみの混雑が凄まじかったので名古屋からこだまで帰ったのだが、やはり列車が詰まっていて信号待ちが多く時間がかかった。
結局14時前に実家を出て寮に戻ったのは22時過ぎ。
…もちろん京都をちょっと歩いてた時間も入ってるんだけど。
毎度お馴染みの鴨川(高野川)沿いと、今回は下鴨神社に寄ってみた。
さすがに参拝客でいっぱいだったのだけど、途中で『有頂天家族』(森見登美彦)のアニメ版のロケ地巡礼を思い付き、神社の最初の門を入らず右に逸れると人並みがぷつりと途絶えた。
なるほど、ちゃんと人と狸の棲み分けが為されているわけだ。
アニメの場面の細かい部分まで特定できたかなと思ったのは、蛙から戻れなくなる前の矢二郎が総一郎の死に腑抜けて橋から川に突き落とされてもそのまま流れていったあの川で、実際は橋自体が人の足で2歩くらいの小さな所だったのだけど、「そうか、あれは狸スケールか」ということで納得。

+*+*+*

そんなこんなで戻ってきて、最後にこれは書いておくべきかと思うことを書いて締める。
今の気持ちとして、次の年末は帰省しないでおこうかと思う。
去年も同じことを思ったが、心の中に留めておいていた。
けれど、そうして内に溜めたことがどこか、去年の会社での人間関係のいざこざに影響を与えていた。
内に溜めてなんとかなると思ったのは、精神的なある一面で僕自身はタフだと思っていたからなのだが、実はタフなんかではなく、ふつうどころかとても脆いということが分かった。
同じ所で育てられてこれだけ違う人ができるというところ、僕と兄は気質が全く異なるのだなと改めて思った。
それはさておき、僕は活力をもって生きたいと思うし、言葉を大切にして生きたい。
だから、言葉の力を、その力に対する信頼をないがしろにし、活力そして生命力を削ぐ場所に自分から出向きたくはない。
「過去はあるものとして考える」と前記事に書いたが、僕がこれからどう生きるにせよ、僕が今まで生活してきた場所の「生のあり方」は僕に深く刻まれている。
それとどう向き合うかは、僕の一生の課題となるだろう。
[PR]
# by chee-choff | 2014-01-04 00:39 | その他
ゆくとしくるとし('13→'14)4
まどろっこしい前記事を読み返しながらふと思ったのは、
僕の趣味やら何やらの動機には、
あるいはそれも含めた僕の行動原理には、

 「脳だけで生きることの救い難い気持ち悪さ」

が深く根を張っているということだ。
「我々の生活の90%は頭の中で起こっている」と豪語した飾磨(@『太陽の塔』)の生き様を気持ち悪いと感じず(彼が気持ち悪いという読者が沢山いることはもちろん理解している)、むしろ孤高さに哀愁漂うというか極言すればある意味愛らしいと感じるのは、何より彼は自分が「脳だけで生きること」を自覚しているからだ。
逆に言えば「脳だけで生きること」の救い難さ、気持ち悪さは、その自覚の無さから発している。
僕が日頃からブログで自覚に拘っていた理由もここにある。
そして恐らく、頭ではイヤというほど分かりきっている自覚の重要性が、僕自身の身体には(まだ?)届いていないのだ。

…もしかすると僕のこの「脳と身体の関係性」は一生変わらないのだろうかと一瞬怖くなったが、実はそんなこと全然なくて、身体を動かせばそれだけでいいのだ、きっと。
自分の身体が躍動すれば、それだけで今まで書いてきた悩みは全て吹っ飛ぶのだ。
だからもう、合気道とかやりたいなら早くやれよって、ずっと自分に言ってきたのだった。
そうか、この結論は、もう何度も来た道か。
まあ、そうと分かれば現状維持でも大丈夫という主流に合流してしまうのだが(笑)
そこは、もう「なるようになれ」だからね。(あーあ)

+*+*+*

ゆくくる3を読み返していてもう一つ。
「希薄なる身体性という安定状態」とどう対峙するか、という問題提起をしたのだけど、これに対して言いたいことが言えてなかった気がするのでやり直し。
シンプルに言うと、「君子危うきに近寄らず」である。
近くにいてはいけないのである。
相手が何と言おうと、それがお互いにとって良いのである。
これは去年のゆくくるでも同じことを書いて、そして「一緒にいなくてはいけない場合はなんとか頑張る」と書いて、なんとまあその通りの一年なり今なりになったのである。
もう結論もなにもなくて、この手の話の結論なんて「人生の終わり方」と同じようなことであって(まじすか)、ある程度思考を整理したらあとはその都度に個別に対応しながら考えていくしかない。
だからこそ結論ではなく過程が大事という話になって、人生でいう過程とはすなわち「今でしょ!」というジャパネット高田社長なわけだ。(違う)
さて、今回のゆくくるの過程で「めっけもん」はあっただろうか。

+*+*+*

もう一つ。
これは昨日今日で気付いたことだが、自分が思っていた以上に僕は、過去の自分を引きずって生きている。
あるいは過去の自分を切り離しきれずに生きている。
これは「目測の誤り」で、つまりこの点では自覚がなかったということ。
過去に対する印象や評価は過去の出来事の内容よりも今の自分の生き方に大きく影響されるという話は何度もしてきたけれど、ここから言えるのは、過去とはどうしようもなくついてくるものであり、「ないものとして考える」よりは「あるものとして考える」方が抑圧が少なくて済むということ。
抑圧というのは精神分析学の用語で、たしか「あるものをなかったことにすると別の形となってやってくる」ということで(うわあすごく曖昧)、何にせよ抑圧なんてしないことである。
それは「抑圧なんてしてしまうと自分の予想だにしないことが起こるから思い通りに生きるのが難しくなる」という意味ではなくて(「思い通りに生きる」という意識が抑圧を発生させる)、「別の形となってやってきたもの」をその本人は意識することができないということである。
…説明が足りないのは分かってるけど泥沼化しそうなのでこれはここでおしまい。

過去は「あるものとして考える」。
「後ろばかり(「牛ロバ狩り」て誤変換どうすか。いやどうすかって言われても…)見ていると前に進めない」という格言にも一理あるが、この格言の要は「前と後ろを別々にするな」という点にある。
現在と過去は別物だ、関係ないと思うからこそ、過去を見た時に現在が見えなくなる。
「歴史は繰り返す」の原理も、同様の視点が梃子となっている。
だから擬人化するならば、「過去」と仲良くしよう。
あるいは「過去」と「現在」の仲人ばりに生きていこう。
そう、結婚式を一番楽しめるのは新郎新婦よりも仲人なのだから。(※個人の主観です)

+*+*+*

ああ、なんだか満足してしまった。
今年の抱負?
じゃあ「過去と仲良く」で。

考えることは、たくさんある。
そして考えるとは、それらの一つひとつをつぶしていくことではない。
「考えることはたくさんある」の「たくさん」は、そうあるべく考え続けることでどんどん増えていく。
それを忘れないことを、もう一つの抱負としよう。

皆様にとって今年が良い年でありますように。
今年もどうぞよろしく。
chee-choff
[PR]
# by chee-choff | 2014-01-02 18:57 | 思考
ゆくとしくるとし('13→'14)3
昨日の話。

石清水八幡宮までの往復の間、ほとんど何も考えていなかった。
歩きながらずっと「鷹取の手」を試していた。

鷹取の手とは、タカが獲物を掴む時のように五本の指を内側に曲げた状態のもので、甲野善紀の体術動画を見て知った。
うろ覚えな説明によると、親指と小指を手のひら側に曲げると残りの3本は自然状態では開いてしまうのだけど、そこをその3本も内側に折り込むことで手のひらに葛藤が発生し、手のひらだけでなく腕全体が動員される、とか、両手ともそれをやって立っていると重心が下がるとかするらしい。
(爆笑問題と一緒に出ていた番組の動画では、緊張した時に鷹取の手をやると気を落ち着けることができると言っていた)
手のひらのもともと窪んでいる所をもっと窪ませるようにするといいとも言っていたか。
普通のグーの状態と違う点は指が手のひらに握り込まれるのではないこと。
それとたぶん、グーというのは折り込まれ方が親指と残り4本の2方向しかないけれど、鷹取の手は各々の指が手のひらの中心に向かって折り畳まれるイメージで、動画での甲野先生の鷹取の手を見た時に印象に残ったのは人差し指と小指がほぼ垂直になっていた点(グーなら両者はほぼ平行だ)で、これは最初はけっこう難しい。

で、歩きながら鷹取の手をやったりやらなかったりしていたのだけど、鷹取の手をしながら腕を振って歩くと体の左右のふらつきがなくなったように感じた。
歩行において左右に揺れる動きは進行に関係ないので無駄であり、鷹取の手によって歩行時に使う身体の部分が広がったためにふらつきがなくなった、のだろうか。
特に調べたわけではないので想像だけど。
あとは暗闇で歩いていても落ち着いていられたような気もする。
今年は少し雨も降ったくらいに雲が多く山道は暗かったのだった。
あとちょっとだけいつもと違う道を歩いたのだけど、(以下ローカルな話)レクセン側から登っていって八幡宮の最初の駐車場の奥に、入り口に白熱球がぶら下がっているけれどその向こうは真っ暗になっている道があって、お参りの帰りにふらりとその道に入ってしまったのだけど(自分の前に大声で喋る若者の集団がいたので自然と足が逸れてしまった)、そこが、多分白熱球の明かりで瞳孔が一旦開いたからなのもあるけど本当に真っ暗というか真っ黒で、まあよくそんな所を…と思うことなく進む僕の両手は鷹取だったというだけの話です。
家を出てから帰るまでずっと試していたので2時間くらいやったのだけど、最後まで手のひら全体が強ばっている感じが抜けなくて、上で葛藤と書いたのはこの強ばりのことなのかあるいは慣れると力むことなくできるようになるのかは分からない。
しかし効果が明らかにあるように感じたので(目を瞑って歩いた時も鷹取の方がまっすぐ歩けた気がした)、今後は普段の散歩(というか手ぶらで歩くときはいつも)に取り入れよう。

ゆくくる2で「修行」と書いていたのはこのことで、そしてやっている間はほとんど何も考えていなかったというのも本当で、すると身体に意識を集中させている時にも頭は空っぽになれるということで、武道をやるということは前記事で書いた「自然状態になること」と繋がっている気がする。
…この点はスポーツも同じか。
体を動かさないとこんな当たり前なことを忘れてしまうのね。

+*+*+*

今日もたんと時間があったはずなのに、まず起きたのが昼で、午後は増田聡氏(内田樹氏のブログで知った。ツイッターでの名言率が凄い人。何者なんでしょ)の再掲ツイート祭に参加(というか勝手にリツイートしまくってるだけです)し、夕食を食べたかと思えば宮部みゆき原作ドラマと相棒を見てしまい気が付けば日が変わっていた。
まあ、これが実家での時間の流れ方なんでしょうね。
生産性から遠く離れることが正しい。
それでいいんです。
いいんですけど、過ごすうちに書かねばならぬトピックがむくむく立ち上がってきたのでちょっと頑張ることにした。

今年の抱負なのだけど、それにとどまらず自分の(書物における)興味の発祥に触れる話でもあって、これを文章化することは自分にとってとても大きなことではないかという予感がある。
どういう書き方になるかは書いてみないと分からないので思うまま書いてみる。
まあ最初からそうなんですけど。


まず、自分は「反知性主義」と闘わねばならない。
そう思った理由は実は、その主義を信条とした(なんて自覚は勿論本人にはない)個人との長期にわたるやりとりの蓄積にあり、その蓄積が開始されたのは僕が内田氏著作として初めて出会った『下流志向』を読んでショックを受けたより以前にあったのだった。
『下流志向』を読んだショックとは「このような知性のあり方があるのか!」という驚きのことだとずっと思っていたけれど、実はその内田氏的知性によって展開された内容の一部に僕にとって身に沁みる切実さがあったことの方が大きかった。
そして、そうと知らないまま、僕はどんどん本を読むようになった。
単に内田氏の知性に感動したのなら内田本ばかりを読んでいたはずだが、そうはならなかった。
なぜならば、内田本によって僕はある種の知性に目覚めたのであり、つまりそれ以前の僕に知性なんてものはなかった。
なかったというよりは、知性が身体化(という表現でいいのか分からないが)されていなかった。
もっと言えば、以前の僕には身体の奥深くに反知性主義が埋め込まれていた。
なんということだろう。

ある振る舞いを自分がいいと思うか悪いと思うかに関係なく、その振る舞いを続けていると身体化する。
そして、自分自身がその振る舞いを行うだけでなく、自分のそばにいる人間がその振る舞いを行っていて、そして自分はそのそばにいる人間の振る舞いを良しとしなくとも、その振る舞いは自分の中で身体化してしまう。
だから反面教師の対象になるのは、その「教師」だけでなく、教師のそばにずっとおり、ある振る舞いを受け継いでしまった「自分」でもある。
身体化された自分の一部分を嫌うというのは、論理によってその正当性(論理的に正しい、に限らず実際に有効であるとか、あらゆる意味での正当性)が示され自分もそれに十分納得できたとしても、非常に苦しく、その一部分を矯正することには非常な困難が伴う。
僕はそれと知らず、それをやっていた。
何を隠そう、それに気付いたのが帰省した今であり、今思えばそれはそうでしかありえなかった展開であり、そしてこれはとてつもなく根の深い問題なのである。

今日はここまで。
うーん、思いのほか重いなあ…。 24:52


昨日の続き。

僕は、人が自然に振る舞えば、言っている内容が理解できなくとも気持ち(自分は相手のことをどう思っているか、というような)は伝わるものだと思っている。
相手に好意を持っているか、またはできれば避けたいと思っているか、という印象は、いくら話す内容で取り繕おうとも自然と目線や身振りで相手に伝わってしまうものだと。
それは、言葉では嘘はつけても身体では嘘がつけないからだ。
けれど、話はそう単純ではない。
本当の嘘つき、見破るのがとても難しい嘘つきというのは、自分がつく嘘を自分の中で本当にしてしまっているものだ。
自分が喋る嘘が本当だと思っていれば、それを人に話すことに後ろめたさなんて生じないし、みんなが知るにはいいことだと思えば笑顔で流暢に話すことも可能だろう。
玄人の詐欺師であれば、そのように振る舞えるように自ら訓練するだろう。
しかし、意図せずしてそうなってしまう人もいる。
僕が言おうとしているのは、平気で嘘をつく人ではなく(ある意味これより上位概念にあたるのだが)、自分の喋る言葉とそれに伴う身振りが乖離している人のことだ。

人はある集団の中で育てば、その集団の慣習を獲得する。
言語や習慣や、みんなが行動を共にする時やコミュニケーションをする時に行う身振りなど。
「喋る時は相手に『自分に話し掛けている』と分かるように話し掛ける(相手の目を見る、など)」
「相手がなにかに集中している時は慎重に話し掛ける」
例えば身振りとはこのようなものだ。
集団に属する個人はふつう、意識せずともこのようなルールを身体で覚える。
しかし、小さい頃から偏った育てられ方をしたり、支障無く成長したとしても歳をとってから強烈な外的因子があった場合、身振りが身体化されなかったり、あるいは解除されたりする。
「身体性が希薄になっている」という問題は現代社会で日常的に見られており、今の若者にとっては前者(身体性が身につかなかった(なんかトートロジーっぽいな))、子どもや孫を持つ世代にとっては後者(身体性が失われてしまった)に当てはまる。
原因のひとつはテクノロジーの進化、生活から苦痛を取り除き快楽を追求し続けてきた結果にあるだろうけど、今話そうとしているのは問題の「解決」ではなく、その前段階である「把握」である。
例えばの話、自分から進んでバカになろうとして、その努力が実りバカになりきった人間は自分をバカだと認識することができない。
知性にも身体性にも当てはまると思うけれど、感覚を鈍らせるような変化に対して主体は自覚することができない。
主体的であろうとする限りにおいて。

…話を戻すと、身体性が希薄になっているという問題は根が深くて、それは度が進むと「希薄なる身体性」という人間特有の別の安定状態に達するのだ。
人間特有と言ったのは、意識を持たない動物は身体性が希薄になるなんてことはなくて(それはまっすぐに個体の死を意味する)、しかし人間も動物なのだから、例えばテクノロジーが未開の地で身体性が損なわれた人間もすぐに死んでしまう。
だから、身体性の喪失も生存環境への適応の一形態で、人工物に囲まれた都市の人間の生活は森や海における動物の生活ど同列に自然と呼ぶことはできないが、地球上に生を受けた生物が(その生物にとって)予め形成されていた秩序環境に適応するという「生の在り方」としてはどちらも同じ自然である。

…また話を戻すと、僕が書きたいと思っているのは「希薄なる身体性という安定状態」とどう対峙していくか、ということだろうか。
ここで前出の増田氏の印象深いツイートを連想したので抜粋してみる。 12:49

>>
増田聡 ‏@smasuda 12月23日
【再掲】「自分にとって不快なことを常時ゆうてくれる人をどれだけ丁寧に扱うことができるか」はいきのびる上では結構キモやとおもてるねんけど同意してくれる人は少ないというか皆無
増田聡 ‏@smasuda 12月23日
【再掲】あと「丁寧に扱う」と「無力化する」と「否定する」の使い分けもいきのびる上では結構キモよな。そういうことを教えてるつもりやねんけどな…(主に呑み屋で)。吾人の教育能力の欠如ばかりを感じます。明日からもがんばろうバンガロー

>>

氏の話を勝手に自分に引き付けるのだけど、僕はこの3つの使い分けにある「無力化する」ことができるようにならねばいけない。
これはもちろん相手をやりこめるという意味ではなく、相手の放つ「乖離性オーラ」(訳わからん命名ですが)を自分にとって無力化するということだ。
喋るにしろ行動を共にするにしろ、なにかと相手に合わせてしまう僕は自分のその性質を矯正しなくてよいと考えた(今のところ)。
それが僕の感覚(ここでは身体性、あるいは「相手をしっかり見る」という意味。わかりにくいな)を鈍らせないならばそうするべきだと考えた。
そしてそのような自分にとって、言葉と身体性が乖離した人間は脅威なのだ。

相手はある法則に従って言葉を発している。
それは理解できるが、その言葉への応答が相手に届かない。
その「ある法則」とは「世界は自分中心にある」というもので、自分の周りで起こっていることの全てが自分の都合の良い文脈で解釈される。
それはとうてい論理とは呼べない。
しかし、その法則を全面に押し出して生きる人間は通常の論理を理解していないわけではない。
相手の言葉の中から自分に都合の悪い情報を正確に聞き流し、あるいは精度良く聞き間違え、残った情報を自分の都合良く解釈したうえで相手に言葉を返す。
一連の流れが無意識と呼べるほど当人にとって違和感なく行われている(このことが上で言った脅威で、相手たる自分にとって、この上なく不気味でおぞましく、自分も乖離せずには正気でこの場にいられないという恐怖をもたらす)ために、この自らの言語システムに自覚がないようにも見えるが、たぶん自覚はあって、それは自分を難なく否定する言葉遣いにあらわれているはずなのだけど、その(ちょっと我に返れば立ち上がってくるはずの)自覚をメリメリと押し潰しているのが「忙しい毎日の生活」という何にも勝る実際(現実、と呼んでもよいが僕の現実には多分に幻想が含まれるので僕の語彙ではない)なのだ。
この法則が乖離の維持を担っており、もちろんあらゆる所で破綻している。
しかし破綻しているのにも理由があり、まず破綻していても主観的には幸福に暮らせるからであり、逆に言えば破綻を繕えば幸福以外のものが見えてきてしまうからである。 13:15

集団には閉鎖性と解放性の両方があって、どちらも集団の維持には必須の性質でありながら、両者のバランスは集団のおかれた状況によって様々な形をとる。
集団が小さいほど閉鎖性が強くなりがちであるが、それに対し外部との接触なしに生きられなくもあるため解放性が必要である。
この「必須」とか「必要」は何に対するかといえば、現代ほど軽んじられている時代もないと思うけれど、もちろん「集団の維持」である。
集団の維持は長期的な視野を持たねばできないが、短期的な収益が大事とばかり株式会社的な考え方をしていては、維持するべき集団として人類が発想されることはまずない。
人類が衰亡することなんて誰も望んでいなくとも、人がシステムを自律させ、システムが主観的には人を必要としなくなった時(それは人がそう設計するからなのだが)、人類という集団が衰亡を望んでいるということになるのである。

話は戻って。
他の集団と接触しなくとも維持できるようになった集団は、どんどん閉鎖性を強めていく。
そのような閉鎖的な集団に、かつて所属していたが今は外の集団で生きている者が戻ってくると、時に懐かしさを上回る嫌悪感が引き起こされる。
懐かしさとは過去の自分であり、それすなわち現在の自分の一部であるから、懐かしさを構成する内容(過去の出来事)の良し悪しに関わらず良いものである。
逆に言えば懐かしさを否定すると現在の自分の一部も同時に否定される。
だから、同じ場所から懐かしさと嫌悪感が同時発生する場合、問答無用でその主体は苦しみを味わうことになる。
その対処法として、上の増田氏のいう「丁寧に扱う」「無力化する」「否定する」が挙げられる。
(もちろんこれだけではない。僕なら真っ先に「逃げる」を挙げるだろう)
この文脈に沿わせれば、「否定する」とは自分の過去を切り捨てることだろう。
今自分のいる集団で新たな身体性を獲得していれば、難なくできるのかもしれない。
ただこれはかつての集団に戻ってきた際ではなく、そこから現在の所属へ戻る時に影響を引きずらないための手段だといえる。
リアルタイムでかつての集団と共にいる場合の対処法が残りの2つだろう。
「丁寧に扱う」というのは、その場で無用な被害を広げないということだ。
現在の所属の価値観を持つ自分と、かつての集団の価値観が対立する場合、わざわざそれを表面化させる意味はない。
「丁寧に扱う」という動作がその自分自身に許せる限り、この手段は効果を持つ。
それが許せない、あるいは耐えられない場合に、「無力化する」ことが必要となる。
相手の影響が自分を悪化させないことを第一に振る舞う。
あるいは、そのような事態になる前段階での話だけれど、相手の影響を受けないくらいに自分が強くなっておく。

さて、どうも話がぐるぐるしている。
(というか、自分はまだ「無力化」は無理だと言いたかっただけかもしれない)
たぶんゆくくる2で書いた「正直になる」をモットーに書いているのだが、そうはいってもあまり直截に書ける内容でもないからだ。
少し的を絞ったほうがよいかもしれない。
というより、一番始めに戻るのがいいか。
そしてアプローチを少し変えよう。


「お互いに気を許せる関係」というのがある。
わりと親しい友達とか、恋人とか、その辺の関係のことだ。
その「気を許した状態」というのは、あまり相手に気を遣うことなく振る舞っても相手にそれが受け入れられている状態だと思っている。
気遣いがあまりなくとも相手に悪く思われなければ、その相手とは「波長が合う」と言ったりするだろう。
余計な気遣いのない振る舞いを「自然に振る舞う」と言ったりする。
そして今の僕の話になるのだが、僕は自分がある相手に対して「自然に振る舞う」時、それを気持ち悪いと感じることがある。
細かく言えば、相手との親密度は逐一変わるのでそれに応じて自分の振る舞いがだんだん自然になっていくのだけど、その自然になっていく過程では特に何も感じなくても、ある一線を超えると自分の自然さに違和感を覚えるのだ。
それは「自分が自然ではない」のではなく、「自分の自然は相手の自然と違う」という違和感である。
この違和感は単純に、他人との距離が縮まって相手のことが分かってきたからその人とは「波長が合わない」ことが分かったというだけかもしれない。
かもしれないのだが、これはまだ観念段階に留まっているのかもしれないのだが、…。
言い方が難しいけれど、例えば今の自分の自然状態と波長が合う人と出会ったとして、その時もちろん「波長の合う人と一緒に過ごす快適さ」はあるのだろうけれど、同時にどうしようもない違和感がついてまわることになるという予感がある。
分かりやすく言えば、僕は自分のことが好きだけれど、誰かと一緒に暮らすとなった時、自分の中の自分の嫌いな部分があぶり出されてくるだろうという予感だ。
そんなの当たり前じゃないか、という気もする。
他人と一緒に暮らすとは、今まで見えていなかった自分とも向き合ってなんとか呑み込みながら生きていくことなのだろう。
しかし思うに、そういう「逞しく生きていく」(ネガティブな言い方では「世間擦れ」だろうか)道筋はいくつかあって、その中にどうしても選びたくない道があるのだ。
…結局は「鈍感になりたくない」という結論に至ってしまったが、
何を考えようとしていたのだろう? 17:56
[PR]
# by chee-choff | 2014-01-02 12:50 | 思考
ゆくとしくるとし('13→'14)2
はあ、ヨイヨイ…ということで続きです。

あ、その前に、この年末年始もお世話になるBGMを紹介。
去年と同じ、不始末氏のちいさい音ダイヤルと、ハイネケンP作曲、スズナリ氏カバーのふわふわハサミです。
どうもありがとうございます。

+*+*+*

さて、昨日とは違う話をしてみよう。
今僕は2つのブログを併用していて、それはこのexciteブログ「深爪エリマキトカゲ」とninjaブログ「これもまた過ぎ去る」である。
「深絵里」(こう略すと由来が一目瞭然やな)は学生時代からずっと続けているのでもう長い。
一方の「これまた」は去年のGW休みだったかによく分からない「あてのない電車旅行」をして、そのあまりのあてどなさ(気ままなはずが全然気ままでなかった、とか)を記念して作った記憶があるが、ブログ名は旅の帰りに買った名越康文氏の本に紹介されていた言葉を拝借した。
その旅行をした時もあまり良い状態ではなく、漠然と現状に嫌気がさして「どこか気楽に住める場所はないかな」という目で過ぎ行く町並みを眺めていた。
自由気ままにと言いながら駅前を離れることはなく、降りる駅もほとんどが乗り継ぎ等の必要に駆られてだったために「どこも同じような町だ」という感想しかなかった。
いくつかの例外で、目的を持って向かった先もあったにはあった(黒部のどこかで「トロッコ峡谷鉄道」なるものに惹かれて宇奈月温泉に行ったのは覚えている)。
ただ旅の全体としてアクセスしやすい所にしか行かなかったから、その感想も当然と言えるのかもしれない。
保坂和志氏が「考える練習」の連載で書いていたことだが、都会とを繋ぐ道路が整備されるとその地方は寂れていく。
都会からアクセスしやすくなれば観光客が増える、というような売り文句でどんどん道路は造られるのだけど、実際には地方の人々が都会に行きやすくなる影響の方が大きく、地方の中で回っていた自給自足の経済が立ち行かなくなるという。
そうして地方産業が廃れて自治体が自力で維持できなくなった所に原発ができるという話が続いて、原発は必要か不必要かではなく本来あってはならないものだが実際に無くすためには様々な問題と絡んでいてすぐに解決なんてできなくて地道に、というか一人ひとりが考えて行動していくしかない(今の話だと、地方に住む人がチェーン店を利用せずに地場産業を支えることが原発をなくすことに繋がっている)と言われてなるほどと思う。
がそれはよくて、今この話を出したのは、これを逆に言えば「町全体が落ち着いていて地場産業が生きていて自給自足ができている地方は都会からはアクセスしにくい」となるからだ。
地方の(価値観の)都会化は要するにグローバル化だけど、グローバル化の波は「採算がとれる」ところまでしかやってこない。
大手企業が採算がとれると思う場所というのは、ある程度の人口を有する地域であると同時に地場産業が(大手が勝てると思うくらいには)弱っている地域でもある。
後者の意味は「地域内での人と人の繋がりが薄れてきている」ことで、つまり地場産業とは資本主義の原理で成り立ってはいない。
保坂氏は上の話の中で「どこに行ってもスナックってあるよね」と言っていて、スナックというのは馴染みの客が十数人もいればなんとかやっていけるもので、もちろん馴染みの客は安く酒が飲めるからそのスナックに行くわけではないし、人の繋がりが薄い所では「近所の人とお喋りをする」という動機は出てこない。
ここで内田樹氏のコミュニケーション能力の話とつながるのだけど、チェーン店で馴染みの客ができないのはマニュアル教条主義のせいである。
(僕は本厚木のベローチェにほぼ毎週末通っているが、この場合僕が馴染んでいるのは店員ではなく店舗の方である。店員は長くとも半年くらいのサイクルで入れ替わっていて、それでももう何度もカウンターで顔を合わせた店員もいるのだけど、僕を常連客だと認識した素振りを見せた人はこの4年弱で一人しかいない。これがマニュアル主義が個人を抑圧(だって、自然に振る舞えば顔なじみという認識は素振りに出てくるものだし、そう呼ぶしかない)している効果だと思えば理解できるし、だから当然のようにチェーン店のカフェの店員とスナックのママは同じ人として扱ってはいけない)
あれ、なんかマジメな話に…
お昼ご飯でブレイクです。 13:53

話を少し戻す。
「深絵里」と「これまた」の違いが、作った当初はあいまいだったけれどだんだん明確になっていって、「これまた」は思考系と読書系、「深絵里」はそれ以外+「ゆくくる」という感じで、前者は写真は入れない、読書系でも抜粋とか比較だけは後者、くらいの例外がある。
あと、2つのブログと連動させているようであんまり関係なくツイッターもやっているけれど、これは最初にリツイート専用と決めちゃったから、途中から自分の思いつきを投稿するようになったけれど数が少なく埋もれてよく分からなくなっている。
別にこれらを一元化するつもりはなくて、というか、何も考えていなくて、今考えようかと少し思ったけどやめた。

抱負としては引き続き「これまた」の方を充実させて、読書している時に何か書きたいと思ったらまずは書き出す、そして「おもえばいたる」タグ記事を増やしたい。
これは少し前に書いた話で、自分の夢を「たくさん具体化」しておきたいと思っている。
さっき書いた「流される流れを選ぶ時に、『自分の感覚に従って選ぶ』ように選びたい」というのも、自分の在りたい在り様を具体的に思い描いていればこそできるはずなのだ。
ということでここで少しその話をしてみよう。

縁側のある家に住みたい。
地方の古民家で、年季が入っていて取り壊すには惜しく、住み手を探している物件なんてのがあれば理想。
コンビニやスーパーが近くに無くとも、八百屋やちょっとした食堂や町医者があって、そうか、小学校や警察署、消防署(の派出所?)とかがあれば町として成り立ったはず(@シムシティ2000)だから、それらの生活に必要な機能が一つの町に備わっていてそして小規模な町でもあって、しかしそういう町では往々にして車がないと生活できなかったりする。
けれど僕は車が嫌い(車道を歩くのも好きではないし、運転もやればそこそこ楽しいけどあまりしたくはなくてだいいち下手っぴである)だから、近くに鉄道駅があるか、市街地とはバスで行き来できるようなところ(今住んでるところで言えば七沢がそれっぽいだろうか)。
さて、そこで僕は何をしているのか。
猫と遊ぶのだ。
近所を散歩しながら要所にキャットフードと水を置く。
朝の散歩で置き、夕方の散歩で回収する。
何日かすれば警戒を解いた猫は餌に手を出し、夕方に回収する皿の中には空っぽのものが混じってくる。
さらに何日かすれば、朝に餌を置こうとするとひょっこり姿を現す猫がでてくる。
そういう猫は、もう僕が「餌の人」だと認識しているから、僕が近づいても逃げない。
だから僕は猫が食べるのを横で眺めたり、食べ終わって満足そうな猫を撫でてあげたりする。
(そういえば週末に駅前まで歩く途中で猫を見掛けることはたびたびあるが、一度だけ近づいても逃げない猫と会ったことがある。最初はちょっと離れたところでにらめっこをして、それでも怯えた素振りがないものだから近づいていくと猫の方も自分に寄ってきて、しっぽをぴんと上に立てながら足に体をこすりつけてきた。僕のまわりを体をくっつけながらくるくる回るので「かわいいなあ」と思って、背中をなでたりしていると今度は腕に乗っかろうとしてきて、ここまで積極的な猫には会ったことはないなあとさらに感心しながら引き続き遊んでいたのだけど、そのような動作を飽きもせずずっと続けるので少しずつ変だなと思い始めて、やっと「そうか、餌が欲しいのか」と思い当たった。そういう意識が起こると猫の親密に見えた挙動がぜんぶ自動運動というか「生きるために必要な動作」に見えてきて、人間側の独りよがりな思い込みを思って少し恥ずかしくなり、そして手持ちで餌になるようなものがなくどうしようもなくて悲しくなり、「すまんな」と言って離れようとすると猫は動きを止めてじっとこちらを見つめていた。猫は最初から最後まで自分の必要に応じて行動したのだし、これが自然そのものなのだと思った。)
猫の動きというのは自然そのもので、しかし人間はそこに感情を見ることができる。
猫に人間に対する感情があるかどうかとは別に、人間は猫の仕草から嬉しさや怒りを見出すことができる。
それを見出せるのは人間の能力で、それは人間のいう自然というか人性とでも言えばいいのだろうけれど、猫の仕草(あるいは人間を意識しているように見える挙動)を見ていると、感情というのは「無から有を生み出してできたもの」なのだと思い出すことができる。
つまり、人の他者に対する感情も、「そういうものがある」というお互いの了解があって初めて生まれる。
人は面白いから笑うのか、あるいは笑うから面白いのかどちらだろうか、という問いがある。
それはどちらでもあるのだろうけれど、「どちらか片方のように思えて実はそうではない気がする」ことがあるからこそこの問いには実感がある。
どちらでもあるようなことはその発祥が意味にはなく(なんて断定するといけないが)、「意味が生まれる前のもの」から意味が離れて一人歩きしてしまうのだけどそんな時に切実に迫る回帰願望がその問いには含まれているかもしれない。
意味に覆われた世界から抜け出すには、意味に対する意識を研ぎ澄まさねばならない。
意識の届かない所で意味に制御される社会では、意味を意識しないことはそのまま「自覚なく意味に覆われること」になる。
意味以前を垣間見ようとするならば、意味以前に触れること、つまり「意味が生まれる場所」へ行くことだ。
それがこの場合は、猫なのである。 16:17

+*+*+*

綾瀬はるかはもう天然で許されるレベルを「はるかに」超えてましたね。
彼女の今後の俳優(ですよね?)人生が心配です。(と心にもないことを言ってみる)
あとTMRと水樹奈々の異次元テンションが良かったです。(ここまでは見た)
以上紅白の感想でした。

さて。
縁側の話が猫の話にすり替わっていたので戻ってみる。
そもそもなぜ縁側か。
『もうひとつの季節』(保坂和志)でクイちゃん(=語り手の一人息子の圭太くん)が縁側ででんぐり返しをしているのを見て「ほわあぁ…」(懐かしの「のだめ風」)となったのだった。
それだけ。
…じゃちょっとアレなので、想像を膨らませてみよう。
縁側は南向きで、日が出てから沈むまではずっとぽかぽかしている。
目の前には小さな庭があって、猫とじゃれ合うくらいの空間(地肌が見えていて雑草がちらほら生えている)があり、道との間に塀はなく、生け垣で仕切られている。
縁側でごろごろ寝転がったり、柱にもたれながら本を読む。
あるいは座布団を敷いて正座し、右手に持つ番茶を左手で支えつ、生け垣の向こうの風景を眺める。
そこにある風景とは。
なにがいいでしょね。
海か、川か。
川沿いの民家はいいかもしれない。
昼間は人や車の往来で聞こえないけれど、夜に耳を澄ませば川の流れる音がする。
川の流れとか、小鳥の鳴き声とか、そういう自然の音が体に染み込んで、空気と同じように意識することもなくなる。
そんな生活に憧れる。
都会暮らしの自分はそういう自然音を「聞いてしまう」。
学生時代の夏に自転車旅行をした時に、キャンプ場や公園で何度かテントを張って泊まったことがあるが、虫の音がはっきり聞こえる所ではなかなか寝付けなかった。
旅の後半では慣れてきたようにも思うが、疲れが溜まってころりと寝入るようになっただけかもしれない。
それはとにかく、「自然音を意識しなくなる」境地というものが想像できない。
なにか素晴らしいことのようにも思うし、しかし田舎育ちの人からすれば当たり前すぎてなんでもないものかもしれない。
ただ分からないなりに想像するに(小説で読んだのかもしれないが)、無我の境地というか、何も考えない状態に近づけるのではないかと思っている。
僕は特に耳を引く(って言うのかな?)音がしない場所で、誰かと話したりもしていなければまず確実に、頭の中を音楽が流れている。
その音楽はたいていの場合、ある「思い」と共にある。
人と話している時はそれに気を取られて音楽が流れない時もあるけれど、そのどちらにしても、僕は常に何かを考えている。
思考を深めていくうちに忘我状態になることはあるが、何も考えずにぼけーっとしていることは、睡眠が関係している時以外はないと言ってよい。
けれど、頭の中をある音楽が流れている時、その音楽と共にある「思い」はある程度その音楽と関係したものになる。
それはつまり音楽が「思い」を限定しているということだ。
僕が思っているのは、自然の音というのも音楽の一種であって(本来は音楽が自然の音の一種かもしれないが)、だから自然の音の中にいる自分の中にはそれに対応する「思い」が浮かんでいるのだけれど、その自然の音を意識しなくなることは同時に「思い」も意識しなくなることでもあるのではないかということだ。
思考から解放される時間がほしい、と書くと、そういう面もあるかもしれない。
普段なにかを考えていて、考えるのに疲れたと思って息抜きに別のことをするのだけど、それは考えることを止めるのではなく別のことを考えることになる。
何も考えずにぼけーっとテレビを見る、というのも、あれは全く考えていないのではない(テレビの内容が一時的ではあれ頭の中に入るのだ)。
だから厳密な意味で「考えることに疲れる」なんてことはなくて(あるとすれば、それは寝ればリセットするようなものだろう)、しかし「何も考えない状態」に憧れるというのは自然に対する憧れのようなものではないのだろうか。
そして、だからこそ、普段の生活で「何も考えない状態」は禁忌となっている。
現代社会は自然を排除して成り立っているという話とここで繋がるのだけど、養老孟司氏いわくここでいう自然の筆頭は死体であり、子ども(「子ども性」と言った方がいいか)である。
…話を引き継ぎつつ戻すと、僕は自然を排除する現代社会の外で暮らしたいのだと思う。 21:26


アイスを食べたり『銀の三角』(萩尾望都)を読み返したりするうちに時間となってしまった。
今年もはちまんさんに行ってきます。
今年の大晦日は例年より暖かいみたい。
雪が降ることはまずなさそうですね。
ちょっと軽装で行こうかしら。
それでは皆さん、よいお年を。 23:20

+*+*+*

帰ってきました。
30分前に出たら間に合わなかった。
もはや「新年をはちまんさんの門の前で迎える」なんてどうでもよい感が農耕である。
まあ、思い出せば来年(いや今年か)は23:20に出発しようかな。
という話は2年前に書いた記憶がある。

今回は例年に増して淡々と登ってきました。
色んな意味で堂に入った感じでした。
修行してたような気も…
まあそれもよくて。

明けましておめでとうございます。
さて寝よう。
26:05
[PR]
# by chee-choff | 2013-12-31 13:53 | 思考
ゆくとしくるとし('13→'14)1
はや年末。

実家には昨日から戻っていて、昨日は高校の同窓会に出ていた。
卒業10周年ということで、理数科2クラス80人中41が出席していたそうだ。
みんなそれぞれの道へ進んで頑張っているようだ。
3年間お世話になった担任2人も来ていて、多少老けたが相変わらずだった。

戻ってくる場所はいつまでも変わらず、戻りたいと思った生徒のアジールとなるのだろう。

+*+*+*

一年を振り返る。
大きな出来事としては何があっただろうか。
自分から起こしたこと、としては何もないかもしれない。
それは別に構わない。

記憶に新しいのは、仕事ががらりと変わったこと。
今月始めのことだが、研究開発の現場から知財部門へ移った。
まだ正式な異動でない所が少し気になるが、余計な何かが起こるのなら起こった時に考えるしかないようなことしか起こらないことになっている。
だからひとまず現状に慣れることだけを考えればよくて、そしてそれが本来は大変だというのは仕事内容の変化が転職に匹敵するようなものだからだ。
研究開発にいた頃から知財の仕事の感じは同期から聞いていたし、自分の発明の出願もしていたのでその一端には触れていたが、まさか自分がその仕事をすることになるとは思っていなかった。
…とまで書くと嘘にはなるけれど。

18:26 一度筆を措く。

+*+*+*

なぜ嘘になるかといえば、入社時から「最初は研究開発で頑張るけれどもいずれは知財で頑張りたい」と人事課に伝えていたからだ。
今回の部署異動の話が浮上してきたその最初からそれを意識していたわけではない。
けれど、結果的に「自分が思い描いた通り」に事が動いたのだった。
自分はただ目の前に現れた流れに乗り続けただけなのだが、過去に自分が起こし、もはや静止したかに思われたが再び動き始めた流れに他人事のように乗れたところから、やはり過去の自分も他人なのだと再認識する思いである。
そして自分が乗った流れに対する価値判断(良い流れ、悪い流れ)は、その判断を下す時機によって変わるということも。
過去の出来事に対してもこれと同じことが言えて、では流れの微分が出来事かと単純に言えるかといえば分からない。
ここでの表現としては、一つの出来事に時間的変化がくっついたものが流れだというもので、微分という言葉を使うと話が整理されるよりは変にねじれる効果しかない気がする。
それはよくて。

今年はほんとうに何もなかった(気がする)ので、出来事で振り返るよりは今の自分の心境やら価値観を書いていった方が「ゆくくる」っぽくなってくるように思う。


まずは、上記の異動の件にも関係するのだけど、「自分に正直にならねば」と思っている。
我慢はいけない、と。
場に対する適応力をかつては自分で誇っていたが、もはやその誇りは捨て去らねばならない。
というより、その「適応力と呼んでいたもの」を今の自分が解釈すれば「集団の境界でもなんとかやっていく能力」なのだがその中の「なんとか」は決して「上手く」と言い換えることができない。
言い方を変えると、均質的な集団に所属していると楽だという人は多くて、そういう人にとっては集団の境界(価値観の異なる他の集団とのやりとりが行われる「前線」)に居るというだけで苦痛であることがあって、僕はその苦痛を時々は楽しみに変えることができるということだ。
調子が良ければその境界にいる間にお互いの集団の文化を混ぜ合わせて面白い化学反応を起こすことができるが、調子が良くなければ相手集団に対しては後ろ向きで所属集団に対しても融通が利かない「なんだか関わるのがめんどくさいキャラ」になってしまうので、異質な2要素による相乗効果は正も負もあるという良い例ですねこれは。
あるいはこのことが「極端が好き」ということかもしれない。
相乗効果が正にはたらこうが負にはたらこうが、一つの集団に安穏としている人には絶対に味わえない経験であることに変わりはない。
ただ、今年の話をすれば(おっとこれが本題だった)、この相乗効果が負にはたらき過ぎたのだった。
そして移った先は、かなり「閉じている」グループである。
ホント、どうなることやら…。  21:50

話を戻して、まず我慢した結果がこれで、今回は状況が好転したから良かったけれど、同時に自分の限界が分かってしまったのだから無理はできない。
まあ限界が分かったのは良いことでもあって、そして限界ゲージを不用意に溜めないようにしたいと思う。
前の所属グループに少なからず迷惑をかけたのだがそこはよくて(あれ?)、自分自身が不寛容になるし思考もネガティブになるしで、今思えばそのネガティブ思考も良い経験だと言えないこともないが、それよりも単純にもうイヤなのだ、しばらくは(あれ?)。
そう、自分の感覚に忠実にを、言葉だけでなく実践していきたいのだ。
「流れに乗る」という所作も、自分の感覚に従ってそうする場合と自分の感覚を殺してそうする場合がある。
自分が乗る流れを選びたいと言った時、「自分の感覚に従って乗れる流れ」に乗りたいと思う。
ある意味それは「子どものワガママを通す」ことなのだけど、大人の世渡り術をもって子どもの感覚を守りたい
、ということでもある。
だから、自分が白い目で見てきたはずの「世渡り上手君」に、自分からなろうとすればよいのだ。
…本当だろうか?


子どもの話が出たので、ちょっと別の話をする。
何年も前から、僕は自分の記憶力に自信が無くなっている。
受験生の頃から暗記物が嫌いで、世界史や現社など社会系の教科の点数が散々であった。
が、今はその比ではなくて、例えば日常生活での固有名詞が頭に入らない。
仕事でも多少そのきらいがあるし、普段の何気ない人との会話でも「ほらあれ、あの…」みたいな、イメージは浮かんでるけれど「あれ何て呼ぶんだっけ」みたいなことがたびたびある。
過去の一番酷かった例は院生だった頃年末に実家に帰っていて、「セーター」が出てこなかったことだ。
これはもう立派に「老人力」が発揮されていると言うしかなくて、しかしこの歳で「まあぼちぼちのヨイヨイで…」とか言って会社でまともに仕事ができるとも思えないのでもちろん改善の余地はある。
余地はあるがまだそれほど切迫はしてなくて、なので「なぜ自分は記憶系統で老人力が発揮されてしまうのか」の原因をこの場で解明しようと思う。

まず思い当たる節があって、それは「時代が記憶力を不要としている」という認識が僕にある。
グーグルだの知恵袋だの、クラウドストレージ(だっけ? クラウドコンピューティング?)という装置は膨大な情報量と迅速な検索性能を備えていて、検索すればすぐ分かることは暗記する必要はなく、ものの考え方とか経験知、勘などのまだコンピュータには担えない「情報化し切れない情報(ナマモノ)」をこそ人間の中に蓄積していくべきだという考え方だ。
(しかしこれを書きながらふと思ってしまったのだが、自分は検索サイトにあまり頼りたくないと思っていてその理由は「分からない単語が出てきたらすぐ検索とかばかりやってたら自分で考えなくなるから」というもっともなものなのだけど、時代にあった知性のあり方というのは「検索をしない」ことではなく「検索をうまく使いこなす」ことだと上の書き方からは読めてしまう。そして今自分で書いたこれに同意してしまう。矛盾しているのだが、面倒くさそうなのでとりあえず保留しておく。重要なトピックではあるけれどね)
この認識はまっすぐ「じゃああんまり暗記とかしなくていいよね」という思いに結び付く。
これは確かにあると思うのだけど、実はこれだけではない。
自分がものを覚えないをよしとする認識が別にあるのだ。

それは上で書いた、「自分の感覚を大事にしたい」という認識だ。
研究開発の現場では、その分野の知識をつけていくと仕事は捗るようになるが、現場の知識というのは原理的なものより従来技術の割合が大きいもので、その知識の多さは革新的な発想をしていく上で足枷になってしまうことがある。
人とのコミュニケーションでも同様で、個々の相手の性格や事情を知り、あるいは所属集団の慣習文化を知識として蓄えていくことは基本的に意思伝達を円滑にするが、そのことに慣れすぎると関係性が硬直化してくる。
このように知識が足枷になるのはある程度知識を習得してからのことなのだが、「知識が感覚を鈍らせる」という意識が自分の中で固定化しているために、基礎として必要な知識まで頭に入れたそばからこぼれ落ちているのではないか。

上では切迫していない問題だと書いたが、恐らく「ヨイヨイし始めたのがいつか」に思い至れば上記認識による「リミッターの解除」ができるのではないかと思う。
資格の勉強をすることにでもなったら考えようかな。
あるいは知財の仕事が本格的にスタートする(見習い期間を終える)までにしておいた方がよいのか。
まあそこはいいか。
必要が生じればするっとできるのかもしれないし。
できなければ「あれーでけへんわあははーのヨイヨイ、と…」でごまかせるかもしれない。
そうか、老人力とはこういう場面でこそ…
いやまだ僕は三十にもなってないぞ…
あんまり老人力なんて連呼すると…
いやでも「鉄は熱いうちに打て」と言うじゃないか…
用法が間違ってないか、というか正反対じゃないか…
そうか、鉄はガラスより軟らかいんだった…
というオチでいかがでしょうか…

いや、落ちたら終わってしまうので、続きはまた明日。
そういう流れになったので、ここから「ゆくくる」が始まります。
d0044938_23214452.jpg

[PR]
# by chee-choff | 2013-12-30 18:28 | 思考
奇しくも年始的な年末膳
ホームセンターで、久しぶりにまともな買い物をした。

ご飯茶碗と味噌汁椀とお玉を買った。
茶碗は小ぶり(普通サイズ)の陶器を、
味噌汁椀も小ぶりの、フクロウの絵がかわいいちょっといいやつを、
お玉は陳列棚の中で一番シンプルなものを。

発端は味噌汁を何食分かいっぺんに作ったことで、
作ってからお玉がないことに気付いて、
その時は仕方なくスープ用スプーンで掬ったのだけど、
ちまちました感じが洗面器で風呂桶に水を溜めるようだった。

これまで一食分しか作らなかったのはお玉が無かったからなのを忘れていた。
そして作り置きするからには連続で食べることもあるだろうと思って、
味噌汁椀と、そのついでに茶碗も買うことにしたのだった。
大きい腕に手が伸びなかったのも以前の食生活が散々だった成果か。

d0044938_21465978.jpg

味噌汁はぶつ切りの人参と牛蒡と大根をコトコト煮込んで京都の白味噌で味付け。
あっさりしているけど実家で食べる雑煮のような味になった。
小皿にはキムチとウインナーとワサビ菜。
あとは最近小さくした卵豆腐と、毎度お馴染みの十六穀米入り白飯(少)。

なんだか今まで一番まともな食事に見える。
これでお腹いっぱいには、たぶんなっていない。
腹八分目を目指すのだけど、どうも六〜九分目の差が体感できていない。
空腹感も、まだそれほど切実にはやってこないようだ。

コーヒーのせいかもしれない。
異動してからは会社でも毎日午後に1杯飲むようになった。
まあ、一度この辺で安定させてみよう。
とか言いながら年末年始でまた食べ過ぎにならなきゃいいけど。
[PR]
# by chee-choff | 2013-12-22 22:00 | 社会人
投稿は衝動的に
そういえば保坂小説を最近読んでなかったなあと思い、
自分の書いた文章を読み返していると「すごいことかいてるなあ」と思い、
(そりゃなんとまあ幸せなことで。)
また調子に乗って書評に仕立て上げてしまいました。
これを書評と呼べるほど寛大な心を自分自身持ちたいですね。


草の上の朝食
  • 保坂和志
  • 中央公論新社
  • 840円
Amazonで購入
書評

[PR]
# by chee-choff | 2013-12-14 00:16 | 読書
静謐の源流
きっと、つながっている。

>>
 簡単に言うと、教師と学生のギャップの問題。(…)教師にとって、この闇の部分の問題を取りだし、光の部分を告発することは、その光の領域での使命感の発露であると同時に、生活の糧を得る手段でもあるのですが、これに対し、学生にとっては(…)それは、二重の意味で、自分の世界を否定し、それから隔てられること、この世界からの隔離の可能性なのです。学生は、光の領域で生活しつつ、その自分のあり方を否定、告発する形で闇の問題を考えるよう促されますが、それは彼らの生活の糧を得る手段とはなかなか結びつきませんから、現実との分裂が生じます。この現代社会像の描き方の中にある光と闇の分裂の問題性が、実は、環境問題における食物連鎖のような連関の果て、これを学ぶ学生の中で先鋭化されます。その結果として、真面目でかつ感性豊かな学生の一部が、非常に悩んでしまうという問題が起こっていることに、いまわれわれは、意識的であるべきだと思うのです。
「二つの視野の統合」(加藤典洋『可能性としての戦後以後』p.268-269)
>>

>>
 生きていることが素晴らしいとかつまらないとか思うことが、どうしてできるのか、それが僕にはわからない。だって、それを思うことができるのは、僕が生きているからなんだけど、僕には、僕が生きているということがどういうことなのかが、わからないんだ。でも、それがわからなければ、生きていることが素晴らしいとかつまらないとか思うことが、どうしてできるんだろうか。(…)
 たぶん、多くの人は、彼の言っていることがうまく理解できずに、元の賑やかな議論へ戻ってゆくだろう。でも、素晴らしいとも、つまらないとも、どっちともわからないとも言っていないこの彼の考え方こそ、この議論では一番大事で、一番必要なものなんだ。なぜだと思う? この議論の中で、彼だけが、自分ひとりだけに正しいことではなくて、誰にとっても正しいことを、考えようとしているからだ
(…)
 だから、「誰にとっても正しいこと」というのは、「みんなが正しいと思っていること」ではないということも、もうわかるだろう。「みんな」、世の中の大多数の人は、当たり前のことを当たり前だと思って、わからないことをわからないと思わないで、「考える」ということをしていないから、正しくないことを正しいと思っていることがある。でも、いくら大勢で思ったって、正しくないことが正しいことになるわけではないね。だから、たとえそう考えるのが、世界中で君ひとりだけだとしても、君は、誰にとっても正しいことを、自分ひとりで考えてゆけばいいんだ。なぜって、それが、君が本当に生きるということだからだ

「3 考える」(池田晶子『14歳からの哲学 - 考えるための教科書』p20,23)
>>
[PR]
# by chee-choff | 2013-12-03 00:12 | 併読リンク
本の妖精
答え合わせ。
d0044938_22223688.jpg


本の妖精。
d0044938_22223978.jpg


しりあがり寿さんマジパネエっす。
(点滴が「文学」なのが細かい。「三度の飯より文学」を地で行く、と)
いやでもこれほんと似てる。
[PR]
# by chee-choff | 2013-11-04 22:25 | 読書
根っこの思想が繋がっているのかもしれないし、
たんにどちらも「朝日新聞社」出版というだけかもしれない。

d0044938_003355.jpg


Q. この二冊の著者は誰でしょう?

ヒント:どちらも僕の好きな作家で、これまたにタグで載ってる人です。

そしてこれはカバーを外した状態で、カバーを付けるとどちらかが恐ろしいことに…
[PR]
# by chee-choff | 2013-10-30 00:01 | 読書