深爪エリマキトカゲ
cheechoff.exblog.jp
Top
<   2013年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧
「事件は会議室で起きてんじゃな(ry
勉強中デス。

>>
 実証主義は、さまざまの違う伝統を持続的に追放し、諸科学の自己理解を非常に巧みに独占した。その結果、ヘーゲルとマルクスによる認識批判の自己止揚以来、客観主義の仮象は、もはやカントを頼りとしては打ち破ることができなくなった。それは、内在的に、自分自身の問題を追及しながら止むなく自己反省に達する科学方法論によってやっと打ち破ることができるのである。合法則的な構造をもった諸事実という即自態(アン・ジッヒ)が在ると諸科学に思いこませ、こうしてこれらの事実をあらかじめ構成する作用を隠蔽する客観主義は、もはや外から、つまり再建された認識理論の立場からは効果的に克服できず、ただ自己自身の制限を超え出る科学方法論によってのみ克服される
J.ハーバーマス『認識と関心』p.77-78

 倫理と科学の統合には、およそ二つの段階が考えられるだろう。ひとつは生物学的方法論そのものに、倫理が組み入れられる可能性。その根拠は「リスク」であり、より具体的に言えば直接人間に関わるリスクである。(…)
 ここにおいて、倫理は科学的方法の一部として明らかにされねばならないし、倫理はそこにおける「リスク」の性格を明らかにしなければならない。すなわち、わたしたち「生き物」が本質的にもっている多様性や変動性そのものが「リスク」であり、そのようなリスク(偶然性と言い換えてもよい)を評価して行動できるような指針を作れる科学でなければならないのである。倫理を科学の外部に求めるのではなく、科学の内部から倫理を提示する段階。科学が倫理とは何なのかを明らかにする可能性である。
港千尋『自然 まだ見ぬ記憶へ』p.98-99
>>
[PR]
by chee-choff | 2013-05-29 22:57 | 併読リンク
波乗りジョニーウォーカー
2つの流れに乗っていました。

(1) 愛知→秋田→大分(いまここ)→長野

これは毎晩メインの味噌汁の味噌の産地。
愛知は合わせ&味付けアリの赤味噌で甘口、秋田はちょっと忘れたけど米味噌の味付けアリで辛口、大分は麦味噌100%(麦粒がいくらかそのまま入ってる)で甘口、おととい買った長野は米の赤味噌で辛口(あと「酵母が生きている」らしい)。
だいたい500gのを買ってて(長野だけ750g)使い切るのに4週間程度かかっていて、具材も味付けもだんだん変わってはいて(でも味噌の残りが少なくなってくる頃には味は安定してくる)、何が言いたいって「この味噌が一番美味い」みたいな評価は最初からしようと思っていない。
味噌を選ぶ時も「甘口の次は辛口かな…」くらいは考えるけどそれ以上は考えてなくて(あれ、そういえば辛口はどれも北の方やな…ラーメンと同じく「寒い地域では塩味が強い」のかしら?)、どこかで京都の白味噌を入れたいなあとか大手メーカー(○ルコメ?)はなんか避けちゃうなあとか、味噌の陳列棚の前で考え込むわりに大したことは考えていない。
「どれがおいしいか」はたぶん追求してなくて、見かけとかラベルから味を想像して(いや、やっぱり「これがおいしそう」と思ってはいるのか)何らかの基準で一つを選び出しているはずなのだが、味噌を買うつもりのない時にも棚の前で真剣な眼差しで多種の味噌を見つめているところからして「選ぶ基準をわからなくしている」ことだけは確からしく思われる。
「行き当たりばったりの運命的な出会い」みたいなのは出会いの場面で一度考え込んでしまうと「ばったり」でなくなると思われがちだが、ある所を突き抜けるまで考え込めば「一度(出会う、考えが及ぶなどの)想定はしたが深層意識に潜り込んでしまった要素が(顕在意識および前意識の複雑さのあまり)意表をついて飛び出して来るというかたちでのばったり」の出会いを実現させることも可能なのである。
これは「"計画的無計画"という無計画」と同じで、「意図は意図を超えられる」ということ。
このことはむーさんに習った。

(2) ジョニ赤→グランツ→シーヴァス(いまここ)→???

分かる人には分かる、これはウィスキー。
と玄人ぶっても仕方なくて、この年始から本格的に飲み始めたのだけど、ほぼ毎晩飲んでいながら今日やっと3本目のシーヴァスを開栓したところでペースはかなり遅い(「読書のお供」として飲んでいるのでほんとに「ちび飲み」なのだ)。
きっかけは年末に実家で飲んだマッカラン12年が素晴らしく美味しかったことと、ちょうどその頃『海辺のカフカ』(村上春樹)を読んでいた(作中で「ジョニーウォーカー」が出てくる)ことがリンクしたからであった(「リンクの意味」はどうでもよくて、とにかく「繋がったものはしょうがない」。あまり良くない感じで繋がった場合はハルキ仕込みの「やれやれ」が呟かれることになるが、今回のようないい感じの繋がりがあった時はまだ定着した表現はなくて「ほお」とか「へえ」くらいだろうか)。
これも味は…いや美味しいのだけれど、いつか「利きウィスキー」ができるようになるなんてことは多分なくて、まあなんでもいいかというか、だんだんグレードが上がっていくのかなーといったくらい。
そういえばシーヴァス(実は世間のGW中に消費者応援セールかなんかで3割引で買った)という名前は最近何度か見覚えがあって、内田樹のブログ(たしか学生とフランスに研修旅行に行った時の話で空港の免税店で買ったとか何とか)と村上春樹の『辺境・近境』(アメリカ横断ドライブの話の中だったかな…)だ。こういうのを読んだり新聞広告(あれは18年だが)に何度も載ったりすると無性に飲みたくなるものである。
18年にはいつかたどり着きたい。
次はジョニ黒かな…いやAmazonで「ニッカ フロム ザ バレル」の評判が良いのも気にはなっている。
今後の展開も予断を許さない(気分でころころ変わるし)。
d0044938_23441924.jpg

[PR]
by chee-choff | 2013-05-26 23:54 | 社会人
はたてが住むのは「はったて小屋」
いや、すまないが星蓮船あたりからキャッチアップできていないんだ。

+*+*+*

ということで在宅天狗の「進化予告」でした。
今回はシンカーではなく、ストライク狙いの直球です。
打てます。(何が)
[PR]
by chee-choff | 2013-05-21 23:16 | 在宅天狗
imperfect insider
 街は海に沈んでいる。
 だが海面も見えなければ波も立ってはいない。
 海底で暮らす僕らの口から泡が出ているのも見えない。
 ただ視界が青みがかり揺らめいている。
 そして全ての音がくぐもって聞こえる
 街を満たしているのは空気ではなく水なのだ。

 水に囲まれていると心が静まる。
 身体に伝わる全ての刺激が間接的になる。
 波動は水の緩衝作用によって柔らかくなる。
 全ての音は遠くから聞こえ自分に向けられているかも定かではない。
 全ての光は進むごとに拡散されあらゆる像が曖昧となる。
 身体は水の一部となりつつある。
[PR]
by chee-choff | 2013-05-10 23:18 | 妄想