深爪エリマキトカゲ
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「どっから来はったん?」
今日び,アクセス解析とやらでいろいろわかるんですねえ.

掘り下げればキリがなさそうだけれど,
「そんなん分かってどうすんねん」くらいの認識が落ち着いてられそう.
キリがない,と言ったのは例えば「HPアクセス数アップの鉄則!」とかそんなん.

d0044938_234653.png

これは本ブログ訪問者の居住区の分布.

自分の閲覧も含まれてるので神奈川の濃さは誇張があるとして
(と書いててIP除外を指定できるのを発見したので今日から自分は除いとこう),
地元の大阪はやっぱり多いね(ブログを始めたのは阪大1回生の時).
西の薄い分布は恐らく大阪から散らばった知人らだろうし
(院の2年間住んでた京都がまっしろけなのは交友関係を全く広げず引き蘢ってたいい証拠),
一方で東の神奈川周辺の薄い分布は前者プラス「地域つながりの未知の方々」だろうか.

何が分かるわけでもないけど,こうして眺めると「へぇ」って感じですねえ.
旅行好きで地域ネタをよく記事に書く人とかだったらこういうの使えそうね.
僕の場合は脳内旅行だからなあ…
また余計なことを..

まあ内容的に読み手のことを考えて書いているとは言い難いですが,
いつも来て下さってる方々,あるいはたまたま見つけてくだすって
「なんかめっちゃめんどそうなブログやな…」と思われてる方々へ,
面倒さが今後改善される予定はありませんが,むしろ方向性は逆で
「面倒な話もじっさいそんなに面倒やあらへんね」と思えるような
話をこの先綴りたいとは思っているので,今後ともどうぞよしなに.
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by chee-choff | 2011-08-31 23:19 | その他
HP作成11 Slideshows WT1.5h
スライドショーを追加しました.

今まで脈絡なく溜めてた写真をほんの脈絡をつけてちまちま公開していこうかと.
お手軽ツールの「SimpleViewer」には写真ごとのコメントが付けられないので,
 ←というのはウソで,画像表示時に左下にちまっとあるのにさっき気付いた.
  またコメントをちまちま付けます.ちまちま好きだな.ちまちま.
(撮影時の)時系列に並べた以外に特に並びに意味はありません.


旅行時の写真とかもっと面白そうな写真もあるのだけど,
ノートPC本体にある写真をまず出したらしょうもないものばかりであった.
まあ何を載せても写真はそれとなく見栄えがするので…まいっか.

ちひろ氏の生活と意見

・間借りしている忍者HPのディスク容量が8%を超えた.
 80%くらいになると増量申請を出さないといけないが…
 こんだけ写真のせても大丈夫ならしばらくは大丈夫だろう.

・HP作成の作業時間が24時間を超えた.
 特に意味はないけれど,「まる1日を費やしたのか…」という感慨があってもいい.
 もちろん某弾幕ゲーをホントに1日ぶっ続けでやった時と一緒にしてもらわれると困る.
 …そんなこと自分以外誰も言わないので別に困らない.

目が痛い…
読書で骨休めならぬ目(まな)安めをしよう.
あるいは眼休(眼球)をば.

をばー
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by chee-choff | 2011-08-30 22:36 | HP作成進捗
世俗と宗教を分かつものについて
こつこつ読んできた『太陽を曳く馬』(高村薫)もいよいよ終盤.

「世俗の言葉で宗教を語る」様を見て愕然とし,
自らの浅薄な宗教観を改めねばなるまいとは思ってもいいのだけど,
そこから「宗教にのめり込もう」とは思わない.
それは現今宗教を語るにおいて付きまとう胡散臭さのせいではなく,
自分に引き寄せた時に「宗教を完遂(という表現をしてよいのか分からないが)して得られると想像されるもの
(それが本当に「想像し得るもの」であるはずはないのだが)は自分が求めるものではない」と思われるからだ.

現段階の理解が正しいかは心許ないが,宗教というか「宗教性」というものは最後には個人で極めるものだ.
「あの子と一緒に涅槃三昧」などという言葉は耳にしたことがない.
(敢えて似せた表現をすれば「仏と一緒に〜」だろうか?)
別に冗談ではなく,これは「世俗の言葉で宗教は語れない」ということ.
とすると最初に書いたのは「語る」でなく「翻訳する」が正しく,
「世俗の言葉で宗教を(世俗に引き寄せて)語る」という表現がより正確となる.

きっと,僕は世俗の人でありたいのだ.
(物凄く当たり前な発言だが.何せ今まで知り合った人は全て(少なくとも表面的には)世俗の人だったのだ)
なぜそう思うのかというと,恐らく正しく「宗教の人」である人は他者の排除を厭わないからだ.
それは決して他者の排除を積極的に遂行することを意味しないが,
世俗の人がそれにどうしようもなく持ってしまうはずの後ろめたさや気後れを一切感じないということ.

そういう「閉じ方」をしたくないと思った.
自分を世間から遠ざけ固く閉じるかのようにも聞こえる日々の思考の泡沫が,
決して他者とのつながりを断つ手段に用いられることのないように.
そう改めて言わしめるほど,宗教は恐ろしく魅惑的なのだと思った.

(追記:ここで「世俗の人」「宗教の人」と呼んでいるのは,人間の性質の名である.
 いかなる人も「世俗の人」「宗教の人」の両者の一面を持つ,と言ってよいと思う)

果してこれは「世俗の言葉」か「宗教の言葉」か?

>>
「なぜ? 無論、鏡が正しく鏡であるようにするため。深淵が正しく深淵としてあるようにするため、でございますとも。その鏡とは、すなわち意味する作用としての<私>が霧散しないためになくてはならない外部。<私>の声が届かなければならない相手。その声が届く限りにおいて、<私>がなにごとか発し続ける動力にもなる、その当のもの。あなたがいま仰ったとおり、まさにそれなくしては語る声としての<私>が成立しないようなものとしての言語なのでございますから。そしてほら、人間に存在の意味を与えるものが言語であるなら、その言語に向かって有る<私>は決して消えてはならないのです」
高村薫『太陽が曳く馬 下』p.321
>>

+*+*+*

ま,カタい話ばっかもなんなんで,息抜きにひとつ.
スタイリッシュ成仏.

【初音ミク】般若心経アシッドジャズ を歌ってみた by UmiNeko
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by chee-choff | 2011-08-29 23:44 | 思考
HP作成9 脳内BGMあれこれ WT3h
1つのトピックを掘り下げて更新するよりつい他のトピックに手を出してしまう.
考え込むのは嫌いではないが面倒だからだ.
だから「あまり考えずにできる更新作業」がなくなれば掘り下げ作業が進むことだろう.

ということで以前本ブログで何度か触れた「脳内BGM」について,語り始めてみました.
ちゃんと考えると色んなことが書けそうなのだけれど,ひとまず以前書いた話を使いながら
表なんぞも作ってみました.

→ ちひろ氏の生活と意見
(カウンターをTopにしか設置できていないので回り道ですがTopから辿って下さりますよう.
 Archiveには更新部分のリンクを張っております)

一番語りたい,提示したい部分は「What's Synaptic Music ?」の項なのだけど,
同時にここが一番手強そうでもあるので今回は枠だけ作っておしまい.
ぼちぼち考えていきます..

しかし表作るのにかなり手間かかった.
ここだけ地道にHTMLで書いちゃったからなあ…
表の要素増やすだけでもあまりお手軽にはできない.
まあ最初だからと苦労を引き受けはしたけど,作業的に再考の余地ありですね.

目が痛い…もはや合言葉となりつつありますが.
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by chee-choff | 2011-08-28 01:23 | HP作成進捗
「顔のない美男」とは?
半分過ぎまで読んできて『美男へのレッスン』(橋本治)が,
『現代思想のパフォーマンス』(難波江和英・内田樹)的なノリだと気付いた.

「美男とは何か」を問うことから始めるのはいいんだけど相変わらずすっ飛んでるというか
言っていることの論理性はなんとか追えるものの言っている意味は分からないし,
本人もそれと分かって言及している「この話をすることで何が言いたいのか」も
受け止められてもその都度の条件反射というか話の大枠が見えてこないし
(と書いてからこれも「いつも通りのハシモト本」だと気付いて「まぁいいか…」にはなる),
とはいえ語り口を頭(願わくば身体だが)に染み込ませるだけで心地よいので読み進めると
いつの間にか「なんかそれっぽい話」(でも,というかやっぱり「美男」とはあまり関係ない)が
始まって「おおすげー!」となって引用したくなった箇所に印をつけて,冒頭の気付きに到着.

ホントにハシモト本のタイトルほど(ふつうの)期待を裏切るものはないと思うのだけど,
美男になれると思ってこの本を買った人は「ふざけんな!」と床に叩き付けるだろうな,と.
「え,気付かないで買ったの?」とハシモト氏なら言うだろう.
世間的には「ふざけた本」なのだけど正確には「ふざけたハシモト氏が至極まじめに書いた本」であって,
ここで止めるとよからぬ誤解を招くので続けると,ここでいう「ふざけた」の意味は
「"世間の目"で世間を眺めてたまるか」という机上の人の意地というか生き様のことである.
で「机上」なんて使うと「机上の空論」が浮かんで否定的に思われそうだけれど,
「誰が"机上の空論"という言葉を使い始めたか(あるいは頻繁に用いるか)?」と考えると
必ずしも否定的とは限らないニュアンスを想像できると思われる.

最初に書こうとした話からどんどん逸れていた.
ので戻る.
「考え方」というのはそれだけ提示されてもよく分からない.
使えるのか,面白いのか,よく分からない.
効果的な例と共に示すことで利用価値や面白さが伝わる.
考え方を広めようとする人がみんなそう思っているとは思わないけれど,
この「効果的」のいちばんは,提示した「考え方」がその付属させた例に留まらない可能性を
読み手に感じさせることだ.
具体的には「提示した"考え方"の応用可能性(応用できる範囲の広さ)」や
「付属させた"例"に感じた面白さを(形を変えて)再び体験したいと思わせる中毒性」だろうか.
だから抽象が洗練されていても具体例が貧弱だと伝わらないし,
面白い話とそこから抽出できる(と語り手の言う)考え方が結びつかなければ発展しない.

ということで抽象にばかりかまけてないで具体的な話に興味を持った方がいいよ,と自分に言うことにした.
おしまい.
…最初に書こうとしたことって何だったんだろう..

あ,そういえば最近この本が文庫化した記事を見たけれど,
何で今頃なんだろう?(初版は94年)
もちろん当時の価値観でしか大した意味をなさない本というわけでは決してないのだけど.
むしろ経済(的な価値観)の落ち目の今の方が身に迫る内容だ,ということかもしれない.
いや,身に迫ると書くと違うのかな.
なんだろ,「現実ばかり見つめるのに疲れたけれど惚けたいわけではない」という需要が生まれつつあるのか.
なんだそりゃ.

>>
 別に,「洗練」とか「上品」が「嘘のスタイル」だというわけではない.「"実質だけ"というスタイルは,状況がその"実質"を越えてしまった時に,とんでもなく不自由なものとなる」──そんなことぐらいは,知っておいて損ではない
橋本治『美男へのレッスン』p.307
>>
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by chee-choff | 2011-08-27 01:24 | ハシモト氏
「描き込める顔」
話をもうちょっと整理できたら書評サイトに載せようかしら.
まだ思いつき段階であやふやでもあるし.
そうなればマンガ書評は初めてになるね.

+*+*+*

『いいひと。』の北野優二について

2011/08/16 21:02
8/15Mon@Veloce

表情が(目の細さで)分からないが、表情豊かに見える
→そばにいる人の表情がくるくる変わるから。
←周りの人は、北野の中に自分(の顔)を見ているのでは。
 北野は相手の表情からその状態が感知でき、
 それが良い方向に向かうような鏡の役割を果している。
=「その人の良い面」のみを投影・反射する鏡。

(役割はそうなのだろうが、その機能と「表情の見えない顔」の関係は何だろう?)
…好き放題、お構いなしの奔放に振る舞いながら、
 雰囲気(表情)としてパッシブという「矛盾の両立」?

(矛盾そのものは相手を導く力にはならない、か?)
→相手(はもちろん読者も)が北野に自分の表情を書き込めるから、ということ??
・他人に極端に同調する姿勢は、対話相手の内面を外部化(自分を外から見られる)する効果がある。

(でも、時に誰も考えないような事を言い出す)
 その荒唐無稽さが北野の「相手の良い表情だけを映し出す」のっぺり顔と相乗効果を呈することで、
 相手はその荒唐無稽に自分の道をのせることができる。
 あるいは自分の望んでいた(目指すべき)道だと思うことができる。

あるいは、北野に対して相手は「自分の見たいように(北野の内面を)解釈することができる」とも言えそう。
それを「描き込める顔」と表現しようと思う。
例えば同じ笑っている顔を見て、「満面の笑み」と見たり「哀しみを堪えての笑顔」と見たり、
様々な解釈が可能な場合がある。
その「解釈の多様性を許す表情」、文脈によって意味が正反対にもなる表情とはすなわち、
北野のような薄い表情なのである。
(北野の目に「めんたま」が描かれたのは恐らく1巻で主任にチカンに間違われた時だけで、
 それから20巻まではぜんぶ糸目というか「線でピッ」である)

なるほど、自分が憧れたのはこの性質だったか。
(表情については、僕は「複雑な表情」を目指している。
 文脈抜きでは心情を想定できないような、でもどんな話をしていてもその話に合うような表情。
 あるいは文脈にすっぽりとは当てはまらない、不思議な表情というのもアリだと思っている。
 後者はそれが「非常識(不快)な分離」にならないような微妙なあわいを探るのが難しいのであるが)

「表情のくるくる変わる、人当たりのいい人」がいる。
その人は気さくで人の話をうまく聞けるのだろう。
が、時に「表情がはっきり出る人」は、その表情によって相手の動きを制御してしまうこともある。
「こういうことを言ってほしいんだろうな」という顔を自分がしてしまい、
相手がそう読みとってしまえば、二人の会話の展開は「予定調和」のものとなる。
きっと北野は、そういう「自分の意思を相手に強要させるような表情」を全く表に出さないのだと思う。
会話する相手に全力をもって接しており、その方向性に多少のズレ・突飛さはあれ、
相手に「自分を見てくれている」と確信させる真っ直ぐな誠実さ。
相手はその誠実さを信頼し、安心しまたは油断し、(相手自身にも予想外の)自分をさらけ出す。
一つの極端な表現ではあるけれどその極端を表現した末の「のっぺり顔」であり、
そんな彼には十分すぎる魅力が溢れているのである。

+*+*+*

マンガの話をしていて思い出した.

そういえば自分は「オヤジギャグが寒い」と人に紹介されるほどダジャレを言うらしいのだが
(「らしい」というのは自覚がないから),あれは乱太郎のせいでした.
実家の書棚に置いてあったマンガが『忍玉乱太郎』しかなくて,あれを繰り返し読んでたんですね.
この前久しぶりに立ち読みで読んで,本当に,当たり前のように会話がダジャレで溢れていて驚いた.
ダジャレというか言葉遊び,かな.
言葉の韻とか,口が言葉の形を覚えるとかいう話に自然と納得できるのも乱太郎のお陰かもしれない.

小さい時の記憶力は凄いもので,今でもセリフをいくつか暗唱できる.
「立てば食欲 座れば布団 歩く姿はブリの腹」とか(芍薬・牡丹・百合の花,が元),
「ローレン ローレン ローハイド」とか(ダジャレじゃないけど.そして原曲も知らない).
 そういえばのそういえば,この前朝日の「ひと」欄に尼子騒兵衛の顔が出てたな.
 顔を出さない漫画家だと思ってたけど…歳を取ると寛容になるのかしらね.

乱太郎も買い集めようかしら(も,と言ったけどまだ『いいひと。』を集める"予定"しかない).
むさぼり読みたいわけじゃないから「大人買い」はしないと思うけど.

日常生活に時間(というか「リズム」か)があるとそういう衝動が起こらないのがよいね.
(学生時代の自分とは大違いだ.成長したなあ…うるうる)
そのため(もちろん「だけ」じゃないよ)の仕事,という言い方もアリだと思う.
内容じゃなく生活リズムの構成要員として,仕事と私事は一心一体なのねきっと.
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by chee-choff | 2011-08-23 22:04 | 読書
<悼む人>は、誰ですか。
『悼む人』(天童荒太)を読了.

….
言葉にできない.
この「言葉にできない思い」をしばらく抱えておこうと思う.

+*+*+*+*

内容と直接は関係ないのだけど,
涙が出てきた時に,
視界が下から上へだんだんと滲んでくるのをつぶさに感じて,
「泣く自分」に対する新たな姿勢が生まれた.
普段泣く時(と言ってあくびが出る時くらいだが)に「眼球上の涙の浸潤」を感じたことはなかった.

静かに泣くというのもいいなあ.

+*+*+*+*

内容と直接は関係ないのだけど,
小説は言葉にならないものを伝えるものなんだなと思った.

言葉にならないものを言葉によって伝えるというのは,
原理的に矛盾を抱えていて非常に難しい.
書き手の困難ももちろんだし,読み手に行間が読めなければそもそも不可能である.
(行間を読まないということは,読みながら言葉のみを受け取っているということ.
 それが全く想像つかないのは誰しもいくらかは行間を読んでいる証左だと思う)

そしてもちろん,書き手に原初の「言葉にならない思い」があり,
それを言葉に表そうと紙数を費やし試行錯誤しながらも決して納得に至らない,
というプロセスを避けることはできないのだろうと思う.
(納得するということは「言葉にできてしまった」ということかもしれない.
 それは原初の思いを改変してしまったことの後悔に繋がるかもしれない.
 もちろんこの視点にだけとらわれていては作品が世に出ることはない)

作家も大変だなあと思う.

+*+*+*+*

内容と直接は関係ないのだけど,
自分はこれまで幾度かお遍路に行きたいなあと考えたことがある.
漠然とした想像レベルから身一つで出発寸前レベルまであるのだけど,
やはり「旅モノ」を読むとその思いが多少とも呼び起こされるもので,
その思いと最近使った「修験者」という言葉とが結びついて,
とても面白いことを思いついてしまった.

遍路に行くなら一通りの格好をして徒歩で,とは決めているのだけど,
加えて「天狗下駄で行ってはどうか」と.
恐らく格好としては更にフィットしてスバラシイことになりそうだが,
残念ながら実現の可能性は未知数と言っておかねばならない.

「在宅天狗」を始めて1週間は過ぎ,直立姿勢の苦痛はほぼ無くなったが,
歩きには全然慣れていない(歩いてないので当たり前だが).
一度だけ朝刊を取りに寮の廊下を歩いたことがあるが,
歩幅を狭くしても着地・踏み切り共に無駄な力が働いており違和感がある.
(恐らく地面と接する時に足首で無駄にバランスを調整する必要のないようにできれば良いと思われる)
現状では普段の靴を履いての「歩くだけで楽しい」感には程遠い.
この点はキッチンで突っ立ってるだけでは改善されないので,
機を見てまた何か考えてみようと思う.
何人か面白がってくれる人がいれば「天狗サークル」でも作って
町中を集団で一本歯下駄で闊歩するというのも面白そう.

京都でならさほど違和感なくできそうな気がする.
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by chee-choff | 2011-08-21 20:19 | 読書
HP作成7 「語り口」について WT1.5h
気分でちろちろ更新してます.

本を読み,そして文章を書くという「ことばに触れる」経験における愉悦の1つとして,
「他者の文体が自分に入ってくる」経験があると思う.
(と自信を持って言えるのは自分で経験したからというだけで,話はウチダ氏の受け売りです)
その経験自体は日常的な感情行為(共感とか)と深いつながりがあって,
その辺のところを上手く言葉で表したいがどうも難しい.

ブログで書き散らすと「草稿が溜まる一方」みたいな感じになるけど,
HPだと最初からある程度まとまりを持って(=リンクを張りつつ)書けるので,
安心感というか「着実に蓄積できている」感じがしてよい.
まあ油断するとブログとそう変わらなくなる気もするけどね…

→ 「語り口」をうまく英語で訳せない…

今日からしばらくは涼しそやね☆
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by chee-choff | 2011-08-19 22:14 | HP作成進捗
下駄用着脱式消音具
報告を忘れていた.

去年に引き続き,社会人二年目の夏休み自由工作.

今回の課題は…タイトルの通り.

最初はペタッとクッションシールを貼って終わらせていたのだけど,
いずれ外で歩くことも考えると付け外しができた方がよいと思い至ったので作ることに.

素材はケーヨーデーツーで全部揃えた.
d0044938_23451334.jpg

消音材には普通のゴムシート(t1mm)と長めのネジに「真中高ナット」(=普通のナットの長いやつで,
両側からネジを差し込める),ホースの接続に使うらしい「サドルバンド」(Ωの形で平部分に穴がある).
金具を組み合わせてゴムシートを下駄の歯側面から留めようという算段.

寸法に余裕を見て購入したはずだったが,思わぬ勘違い(サドルバンドが曲面なのを考慮し忘れた)により
職人技(と書くほど大層でなく要するに「勘のいる作業」)でサドルバンドを「ヒレ付きコの字」というか
「オシロの矩形波1コ分」形に直してネジが下駄足幅ギリギリに届くというギリギリ仕様.
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そして重心が少し狂ったらしく,うしくんを片側に乗せてバランスが合う状態に.
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まあ何とか作れたのかな,とここまでを読んで思われるであろうが,
大誤算だったのは「購入したネジの本数が足りなかった」こと.
寸法ばかりに気が行って数のことを完全に忘れていた.

下駄片方に4本要るところ6本しか買っておらず,製作は片足だけで断念.
最初の写真左下にさりげなく映っているクッションシール(もしもを想定して買っといた)を
もう片足にぺたりと貼って後半はあっけなく製作終了.
中途半端だけれど,まあ所望のものが作れたということで良しとします☆
d0044938_23452591.jpg

しかし改めて履いてみると左右の安定感が違うなという気もしないでもないので
(やっぱ下が重くなった左足が安定しちゃったんだろうか),
暇を見つけてD2で買い足そうと思います.
まぁ「左足もシールにしちゃう」なら一瞬で済むんですけどね(笑)
選択肢には入れとこう…


+*+*+*+*


で,この後リベンジが2回.

(1) 下駄を床に着けたままひねるとクッションシールが捩れて一部剥離してしまったので,
手持ちの材料でもう片方も何とかならないかなとしばし思案.
…サドルバンドを切っちゃえばいいのか.
アルミみたいな粘っこい金属でなければ塑性変形を数度やればぽきっと折れるので,
一本しかないペンチでぐにぐにやってサドルバンドを分離.
さらに引っかけ部分を作って針金…がなかったのでビニール紐で側面をぐるりと固定.
d0044938_23473852.jpg

d0044938_23474348.jpg

いちおうネジで調節できるとはいえ,締め具合がちと不安.
そして着脱可能といっても結構手間がかかる.
ゴムシートがだんだんずれてきそうな気もするし..


(2) という不安もあり,紐ver.を作成中に単純構造を閃いたのもあって再度D2へ行き,材料購入.
取り付けもすぐ終わった.
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新たな購入分はこれだけ.
d0044938_23475577.jpg

「下駄の歯の左右を別々に挟み込む」という発想からスタートしたため,回り道をしてしまった.
最初からこれでいけば…とも思ったが,少し履いてみていくつか難点が.
まず,ステンレスのレール棒が無駄に厚く今までの3構造の中でいちばん重い.
長さが丁度良いものが他に無かったのでこれはしょうがない(店に入ったのが閉店時間で探す時間もなかった).
あとは歯の左右でネジ止めしているので,左右の下駄をくっ付けて並べることができない.
いや並べるのは好みの問題だけだが,そういう立ち方ができないというのが…まあ大した問題でもないか.

ということで今年の夏休み自由工作も成功裏に終了.
難しい工程があったわけじゃないし素人出来ではあるけれど,
いちから考えて作るのは面白かった.
森博嗣の感覚も分かるような気がする.
まあ僕のはありもの工具&材料でなんとかする「ブリコラージュ」だったのだけど.
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by chee-choff | 2011-08-19 00:09 | 社会人
HP作成5 W.T:1.5時間
読書ページを作ってツールをぺたぺた貼ってみた.
Exciteブログはブログパーツに制限があったので,新HPには完全ver.を選択.
だがスカスカで見栄えがイマイチ…
Ninjaサイトマスターへの引っ越しは次の機会にしよう.

あとカウンターもつけた.
キリ番機能も付けてみたのでお楽しみに☆
自分で踏まないようにしたのでどなたかには当たります.

→ ちひろ氏の生活と意見
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by chee-choff | 2011-08-17 01:13 | HP作成進捗