深爪エリマキトカゲ
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マトグロッソ
面白い企画が立ち上がったようです.

Matogrosso

Web文芸誌というもので,毎週木曜日更新だそうです.

ウチダ氏のブログで知ったのだけど,

なかなか興味をそそるコンテンツがあるのでリンクに登録しときました.

 リンクからは最初Amazonに飛ぶんですが,

 画面右側のバナー広告ちっくな所からそのサイトに飛べるようになってます.

なんつっても,

僕がその著作を愛読するウチダ氏と登美彦氏が著者ラインナップに並んでる.

このウェブ誌は僕のために作られたのではと言っても過言で…すね.


でその二人の記事の他にもう一つ興味をひくものがあって,

それは菊池成孔さんという方が書いている「小説にサウンドトラックはあり得るか」というもの.

「物語が終わったあとに立ちのぼる音楽を.」と最初に書いてあって,

これを見て僕の実践してる「脳内BGM」と近いものを感じた.

「思い返した時にちょうどその音楽が鳴っていると気持ちいいって曲を選んでみようという試みです.」

とある通り読後感に重点をおいた試みのようだが,

「小説世界と音楽をリンクさせて再現性(あるいは没入性)を高めたい」という

僕の実際的な目論見と比較すれば,氏の論考は芸術性に重きをおいているようだ.

その違いもあって氏の文章の内容自体は僕の興味をあまり刺激しなかったが,

「(活字からなる)物語と音楽をリンクさせる」所作に可能性を見出す姿勢には

諸手を上げて共感できるし,その感覚を広めてもらえるのは大変嬉しい.

…なんか上目線で若干鬱陶しい文章になったけれど,

要諦は「自分の試み(「脳内BGM」の実践)に少し客観性を感じられた」ということ.

話として他人と共感したことのないテーマだったから,

独りよがりではあっても似たものを見つけて正直に嬉しい.

興味をあまり刺激しない,とは言ったけど,菊池氏の連載も読んでいこうと思う.
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by chee-choff | 2010-05-30 23:07 | その他 | Comments(0)
ギリシアの哲学ペンギン
ゴウ君と彼の甥の創平くんに会いに行ってきた.

なんとまぁ気がつけば一年ぶり.

当時はお世話になりました.

創平は前に会った時よりパワフルになってて,

子どもの成長の早さをひしひしと感じた.

ゴウ君も相変わらず元気そうで何より.

お互い吉報を楽しみにしとこう.

もちろん君の方が先になるわけだが.


+*+*+*+*+*+*+*


今日は電車で遠出だというのに車内で読む本を忘れてしまったので,

本厚木に出た時点で久しぶりに新品の本を買う.

どうせなら新刊がいいなと思い,

『ペンギン・ハイウェイ』(森見登美彦)を購入.

帯文句から以前の作品とはがらりと雰囲気を変えたのではとの印象を持ったが,

最初の数行を読んで安心した.

いつも通りであった.

アオヤマ君は森本氏であり矢三郎であり守田氏であった.

持つべきものを持った,愛すべき阿呆であった.

大きく育て.


ところでしかし,

僕と森見作品の主人公との親和性が高すぎるなぁと

彼の作品を読むたびに思うのだけれど,

これはどうとらえればよいのか.

「僕はそんな感じの人なんです」と分かりやすい比喩みたいに他人に言うとして,

果たしてどんな人々が近づいてくるのか,

どんな人々が顔を見合わせたまま(「あらほんと…」)後ずさっていくのか.

想像するにつけ,くつくつと笑えてきてしようがない.

そして想像だけでオモチロイ感覚を楽しめる場合はたいてい,

その想像内容を実行に移さないのが吉である.

と心に留めておけばよいものをこんなところに書いてしまって

既に「吉」が末吉くらいにグレイドダウンしていることに気付くが,

おみくじは大吉以外信じないし,そもそも引かないので心配ない.

「吉と出るか凶と出るか」と言われても,

出ないものは出ないのである.

なんでもどちらかに分類できるなどと考えるのは早計である.

余人は須らく「どちらともいえない」ものが世に満ちあふれていることを推してはかるべし.



文体がうつる(笑
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by chee-choff | 2010-05-30 02:33 | 読書 | Comments(0)
私信ですが.
>酢酸氏

ちょっとスケールが大きくなっちゃうけど,

先日渡した春日先生の本と同じ構造の話だと思われたので以下紹介.


過去のできごとのうちには「過去の時点」に立ち戻ってみないと、その意味がわからないものがある。
(…)
今の私たちにはうまく理解できないものが、過去の人々のリアルタイムの現場においては合理的かつ適切なふるまいだと思われていたということはありうる。
それを現在の基準に照らして「狂気」とか「野蛮」とかくくっても、あまり生産的ではない。
というのは「狂気」や「野蛮」というタグをつけて放置されたしたものはなかなか「死なない」からである。
(…)
「狂気」や「野蛮」を甦らせないためには、それが「主観的には合理的な行動」として見える文脈を探り当て、その文脈そのものを分析の俎上に載せる必要がある。
(……)
ある社会集団の「狂気じみた」ふるまいの意味を理解したり、次の行動を予測したりする上では、その集団の「狂気じみたふるまい」を主観的には合理化していた幻想の文脈を見出す必要がある
繰り返し言うが、それはそのふるまいを「今の時点」で合理化するためではない。
私たちもまた今の時点で固有に歴史的なしかたで「狂っている」ことを知るためである。
国民国家のあいだの「和解」は、「私たちはそれぞれの時代において、それぞれ固有の仕方で幻想的に世界を見ている」ということを認め合い、その幻想の成り立ちと機能を解明するところから始める他ないと私は思っている。
>>2010年05月20日 豊臣秀吉の幻想
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by chee-choff | 2010-05-23 20:41 | ウチダ氏 | Comments(0)
こてしらべ.
とりあえずSSSで10打/秒を目指そうかな.

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by chee-choff | 2010-05-23 18:04 | タイプウェル | Comments(0)
シンクロニシティ
思っても見なかったある共通点を見つける.

あるいは,ありふれた共通点であってもそれが不意を突いて現れる.

その,何を共通とするかは認識主体に任される.

(共通の型が借り物であった場合,その発見に対する驚きは少ない)

すなわち程度の問題はあれど,

「シンクロニシティの感得」の独りよがり性は免れない.

その感覚を他者と共有したいという願いは,

傲慢な自己拡大欲求の成せるわざか,

他者との共通部分を増やし他者理解へ向かう優しさの発露か.


これはタイトルをつけてからその文字を見て連想しただけの話.


+*+*+*+*+*+*+*+*


『大人への条件』(小浜逸郎)を読んだ.

「社会人」というものを意識し出してから(それは就職活動を始めた頃だ),

自活性・責任の有無などで学生と社会人が対比される,

その同じ枠組みとして見た時,子供と対になる「大人」にも興味が向いた.

まぁ興味を持つのも妥当なところかなぁと自分では思うけれど,

その文脈とは別に「教育に対する興味」も同時にある.

 常に変化を渇望する身としては自身の位置づけは年齢に関わらず「被教育者」であり,

 義務教育のように先生(人)と生徒(人)という枠組みにとらわれることはない,というのが一つ.

 一方で,「過去の(義務)教育体験に対する解釈」を行うためにも教育論は欠かせない.

 義務教育の当事者であった当時に自己を相対化できる児童・生徒はほぼ存在しないと言っていい.

 当時に受けた教育内容が将来社会でどう役立つのか,くらいは連想できるとして,

 例えば「”生徒”というのは教育における一つの形式的な役割である」といった

 (「学内」ではなく広い意味での)社会における自分の位置づけとなれば,

 相当なマセガキでない限り想像が及ばないだろう.

 例えばそれを社会人になってから理解することは,

 子供であった学校時代に相対していた教師の意を酌めるようになること,

 自分が子供を持った時に「子供」の視点で我が子と触れ合えることにつながる.

そんな後付け的興味から読み始めたのだが,

小浜氏自身の特殊な経験から説得力ある一般論を導く言葉の強さに触れて

「これはいい本だ」と素直に思った.

扱うジャンルとしては面倒臭いという印象を持たれるかもしれないが,

新書だけあってほどよく簡潔にまとめられている.

かといって読み切って納得してハイ終わり,ではなく

自分の過去を思い返して意味付けせずにはいられないといった

「尾を引く読後感」を残してくれる所も僕好みである.


で,連想が膨らんだ記述が多くあったのでそれらが風化しないうちに

紹介がてら書き留めようと思ったのだけれど,

ネットを立ち上げて日課を思い出し先にウチダ氏ブログを覗いたら

本書と同じような記述を見つけて「シンクロニシティ」というタイトルをつけたのであった.

ウチダ氏もこの言葉を良く使うが,それに連なる運命論的な物言いはもちろん

その当否はおいて「そのように想像が及ぶ自分の頭の回転」を楽しんでいるのだと思う.

自分の行動指針がかなり深い(=メタな)所にあって,

かつ構造的な視点が極度に発達していて共通点を見いだす眼力が肥えていれば,

シンクロニシティなんぞ日常にごろごろしているという感覚ではなかろうか.

そしてその日常感覚は通念としてのその語の孕む「ルーティン」とは程遠いものなのだ.


というわけで本題の小浜氏著作紹介の前に.

<<
親が育児のために注ぐ物理的精神的エネルギーは,肯定的な表現としては「愛情」と呼ばれている.しかし,その「愛情」を適切なかたちで注げば注ぐほど,そのぶんだけ子どもは「すくすくと」育ち,親からうまく離れて自立の道を歩んでいくという背理の関係にあるのが親子関係の本質である.(…)子どもは,かつて親に完全に依存しなくては生きていくことができなかった幼年期という歴史を背負っている.そこでは,親に自分の心身のすべてをあずけ,そして,それは文字通り,すでに彼の骨肉となって彼自身を作ってしまっている.子どもが成長するとは,そのような既存の絶対的な関係性から,しだいに自らをもぎ離していくことを意味する. したがって,精神的な意味での「親殺し」は,まっとうな親子関係の力学としてひとつの避けがたい必然であり,不可欠なプロセスでもある.子どもはどこかで親を殺さなければ大人にはなれないのだ.そしてそれはまた,ある意味で,既存の「自己」を殺すことでもある.
(小浜逸郎『大人への条件』p.72-73)

「父親」の最終的な仕事は一つだけで、それは「子どもに乗り越えられる」ことである。
この男の支配下にいつまでもいたのでは自分の人生に「先」はない。この男の家を出て行かねば・・・と子どもに思わせればそれで「任務完了」である。
だから、「よい父親」というのがいわゆる「よい父親」ではないことが導かれる。
(…)
言い遅れたが、人類学的な意味での親の仕事とは、適当な時期が来たら子どもが「こんな家にはもういたくない」と言って新しい家族を探しに家を去るように仕向けることである
これが「制度設計」の根幹部分である。
それができれば親としての仕事は完了。
なまじ親のものわかりがよく、愛情深く、理解も行き届いているせいで、子どもがいつまでも家から出たがらない状態はむしろ人類学的には「機能不全」なのである。
2010年05月19日 父親のかなしみ
>>
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by chee-choff | 2010-05-22 22:25 | 読書 | Comments(0)
マックのタイピングソフト…
一通り探したけれど、ないっすね、全然。

つかタイプウェルが使えないってかなりつらい。

なんかないかなぁ。。

タイプウェルみたくひたすらシンプルに打ちまくるやつ。

できればソフトダウンロードしたいけれど。

なかったら孫策の邸宅に通いつめようかしら。
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by chee-choff | 2010-05-19 00:04 | タイプウェル | Comments(2)
せろりろり
ろりろり〜♫」

がんばったら電話の呼び出し音に聞こえないこともない。

あ、会社の内線の話。


+*+*+*+*+*+*+*+*+*


では全然なくて(苦しすぎる)、

さっき五種の葉っぱを用いて彩り鮮やか(二色)サラダを作ったのだけど、

どう考えてもMacをぱこぱこ打ってる自分の手がセロリ臭い。

いやーMacがセロリ臭!
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by chee-choff | 2010-05-18 22:42 | 社会人 | Comments(0)
愚弄罵詈ズム
抜粋。

(…)
世界中どこでもグローバルな競争に参加するためには英語を習得することが義務化している。
そして、その「グローバルな競争」なるものは「英語を母語とする人々」がすでにアドバンテージを握っている「構造的にアンフェアな競争」なのである。
一言語集団にこれほどまでの競争上のアドバンテージが与えられたことは、人類史上おそらくはじめてのことである。
ことの良否はわきに置いて、まずそのことを事実として認めよう。
2010年05月12日 リンガ・フランカのすすめ
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by chee-choff | 2010-05-16 22:41 | ウチダ氏 | Comments(0)
お隣はカエルだったようです
Macbook買ったー☆

コレです。

 Apple MacBook Pro 2.53GHz 15.4インチ MC118J/A

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右隣にはマジックマウス。

ワイヤレスでレーザ式?(たぶん光学式とは違う)

スクロールの感覚が生々しい。

触ったことないけどiPhoneと同じような感じ。


んで本体の話。

今のところ特に違和感はなし。

ブログ書くのと読むのにしかネット使ってないし。

あーMacに限った話じゃないとは思うけど、

ディスプレイがけっこう鏡面で、

明度を下げると背景が反射して見えちゃうのがちと難点かしら。

目が疲れるので会社のとか使うPCはとことん暗くするのだけれど、

Macbookはこれのせいである程度しかできないので個人的にちとアレかと。


んで長いことWindows使ってた人として見ると、

デザインが洗練された感じだなーと思う。

(つかMacに乗り換えた理由がそれしかないのでw)

ムダがない分愛嬌がないかなーとも思う。

とか書いていて気付いたけれど、

Macはdeleteキーしかなくてdeleteでbackspaceの役割を果たすらしい。

うん、今のところそれくらい。


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昨日はこっち来てから初めて新宿に行きましたー。

元高の同期にして社会人の先輩CH3COOH氏と会ってきました☆

関西にいる間も何度かお世話になっていたのだけれど、

何の因果か関東組に仲間入りしちゃいました。

会うたびに本押し付ける予定なので覚悟しといて(笑)→酢酸氏

で、近況なんぞも色々聞きましたが、

まぁ周りでめでたいことになってる人が多いようですね。

僕は人の幸せを自分の幸せに(勝手に)昇華できる人間なので、

勝手に幸せになってくれればと思います。

もちろん応援もしますが。

 …言い回しが変。

 やば、ひがんでるんかもしらん。

 くわばらくわばら。

で、何はともあれこっちで旧友が集まれるというのも嬉しい話なので、

例えば千葉に赴任して知り合いが周りにおらずなんだかさびしーぜ☆

などという御仁がおられればまた新宿まで出ますんでどうぞお気軽に。


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タイトルの話。

厚木に来てからも相変わらずbookoff通いは続いている。

バスに乗って駅前まで行かないと行けないのだけど、

厚木市の図書館で二週間ごとに1、2冊借りているので、

そのついでにbookoffに寄るという習慣になった。

で、京都にいた頃は文芸書と新書の105円棚を毎回丹念に見漁るのみであったが、

今は『いいひと。』(高橋しん)を最初から一巻ずつ読んでいて、

そのついでにマンガ棚をてろてろ歩いて掘り出し物を探している。

つまりは、今回はいいのを見つけたってこと。

気が向けばまた紹介するつもり。


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ちょっとホラーな話。


ある木曜の夜、寮で読書していたら、

隣から「ア"ーーー!!!」という叫び声。

というか絶叫が、間断なく壁から響いている。

隣は普段もの静かな知り合いの部屋なので、

「なになに…発狂した!?」とものすごく心配になって、

そわそわして読書どころじゃなくなった。


で、次の日それとなく昨夜のことを聞いたら、

「明日が週末でテンション上がって歌ってた」との言。

あれは歌とは程遠い次元の何かであったはずだがと訝ると、

「あ、俺パンク好きだから」


…おお、あれは噂のデスボイスであったか。

カルチャーショック。

ってか紛らわしいw


という一連の出来事を同期の間で言いふらしてたら、

あれからもうデスボイスは聞こえてこなくなりました。

…ごめんなさいw
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by chee-choff | 2010-05-16 21:50 | 社会人 | Comments(6)
ねむー
日曜に3時間ちょい卓球やって,

試合とかしまくってたからあまりの疲労に9時半に寝たら,

今朝は5時半に目が覚めた.

体が少し重いかなーと思ってたら,

眠いもあるかもしれない…

もっぺん寝ようかしら.

あと一周期は寝られる…ぐふ

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休日の午前.
カーテン閉めたらホント暗い.

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こっち来てから買ったコーヒーメーカ.
ハンドドリップよか美味い…
で手間要らずだからもう頼りきり.
土日はフル稼働してる.

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今日の朝食.
毎朝サラダは継続中.
水菜とレタスは定着した模様.
どっちもカットに時間かからんので楽.
プラス一品で今回はきゅうり.
気分で安いのを選ぶかなぁ…
最近ニンジン入れてないから次買おうかしら.


よーし寝るぞー(笑)

おやすみなさいm(_ _)m
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by chee-choff | 2010-05-10 07:17 | 社会人 | Comments(0)