深爪エリマキトカゲ
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うちすてた あとからわかる はつごころ
「てつがくてつがくてつがく」と日々頭をこねくり回して,

選択的にコムズカシイ本たちと格闘しているうちに,

いつの間にやらおいてけぼりにされてしまうもの.


それは考えるきっかけであったものだが,

考え始めた時点では考えることに夢中で,

きっかけの大切さにまで頭が回らない.


「過ぎたるは及ばざるがごとし」,

とはいうけれど,

「過ぎなきゃ及ぶことにも気付かない」.


そんな迂回的原点回帰.


(…)
これは私の持論であるが、ひとびとが信じているのとは反対に、「哲学は簡単すぎ、現実は複雑すぎる」のである。
考えてみれば当然である。
どのように包括的な哲学でも、私たちの生きている現実のごく一部を切り取ることしかできない
「愛する」という動詞は哲学的命題の中では一義的に用いられるけれど、実際の生活の中では「キミを愛している」というのと「母を愛している」というのと「あんパンを愛している」というのと「モーツァルトを愛している」というのとでは、「愛している」ということばの意味が違う。そのことばを口にしたときの情動も違うし、身体反応も違う。高揚感も愉悦も心拍数も発汗も体温もみんな違う。
「キミを愛している」という同じことばだって、恋に落ちて三日目の恋人に向かって言う場合と、結婚15年目の妻に向かって言う場合では、ニュアンスが違う。
どう考えたって、ことばだけで編み上げられている哲学が現実の厚みに追いつけるはずがない。
でもなかには野心的な哲学者がいて、哲学のことばで現実のとらえどころのない厚みに肉迫しようとする。
レヴィナスは、そういう野心的な哲学者のひとりである。
だから「顔」とか「他人」とか「殺す」とか「不眠」といった日常語を哲学用語として使うという「非常識」をあえて犯すのである。
「『顔』なんていわれても意味わかんないよ、『顔』って、あの顔のこと?」
そうです。あの「顔」のことです。
でも、よく考えてごらんよ。顔って、日常生活の中でさえ、一義的なものじゃないでしょ?
「顔を洗う」というときと「顔がいけてる」というときと「顔貸せや」というときと「このへんじゃ、いい顔」というのと「世間さまに顔向けできない」というときとでは、「顔」の意味って違うでしょ?
レヴィナスは「顔」をたかだか二つの意味で使っているにすぎない。
いっぽう、私たちが日常的に使い分けている「顔」の意味は二つでは収まらない。
どちらが複雑かといったら、哲学用語と日常語では、日常語の方がずっと複雑な構造になっている。
私たちの生の日常に肉迫してくればくるほど哲学はわかりにくくなり、机上の空論になればなるほど哲学はわかりやすくなる
存在的に近しいものほど存在論的には難解であるというのはかのハイデガーの卓見である
逆に言えば、存在論的にわかりやすいものとは存在的には疎遠なものなのである。「わかりやすい哲学」が論じているのは私たちが日常で触れることのないものである(神や地獄や奇跡を主題にした哲学はたいへん簡単である)。
私たちが日常で経験していること(眠り、疲れ、食欲、エロス、労働、暴力・・・)を論じると哲学はとたんに難解になる
それは現実が哲学用語ではカバーしきれないほど宏大だからであって、哲学用語が人知の及ばぬほどに難解だからではない
レヴィナスの難解さは現実に密着しているがゆえの難解さである。それゆえ書斎の哲学者よりもむしろ「街のレヴィナス派」がレヴィナスのうちに親しみを覚えるということが起こりうるのである。
(…)
2004年08月14日 哲学上方場所・番外編


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会社の通信教育の半分(半導体云々&一般常識云々)がこの二ヶ月で終了.

ちゃんとペース配分考えてぎりぎり毎月末に終わるようにしたが,

そのかわりか読書時間が今月は大幅に削られてしまった.

使わない机には埃が溜まる…

残り半分(知材云々&技術翻訳云々)はこれから二ヶ月がんばる感じ.

院の研究との兼ね合いが…むうう.
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by chee-choff | 2009-11-28 16:55 | ウチダ氏 | Comments(0)
(v12)Emanuel TRAD<SeikoP>
ボーカロイド作曲者(P)紹介⑫.
今回は絵も描ける多才のSeikoPさん.

独特な質感がある。
それはSeikoPの編み出した仮想言語の効果が大きく、
巻き舌やら様々なビブラートやら(このあたりの
語彙が少なくこれ以上表現できないのだが)の
活用による表現力が凄い。

巡音ルカオリジナル曲・XII Totem

僕は歌モノを聴く際の姿勢の一つとして
「自分が歌っているように聴く」ことがある。
その体でいくとSeikoPの楽曲はどれも、
喉がうずうずするというかきゅーっと締まるというか、
いやもう「うわぁ…」としか言いようのないような、
感動した時の全身のビリビリ感を味わう。
散文的に書けば、
「どう(いう喉の状態で)歌うか分からないという
 未知性が驚きをもたらすが、準機械声で実際の
 歌唱状況を想定させる遂行力を担保しているのは
 彼女の世界観から練り上げられた妖艶な質感である」
くらいだろうか(うわーなんだこれ)。
聴けば聴くほど、表現力の深さに圧倒されます。


同じ路線の過去作も同時紹介。

巡音ルカオリジナル曲・Crystalline
第二作。
三作品の中では落ち着いた感じ。
なぜかこの曲だけ再生数が異様に多い。
「歌ってみた」で凄い人がいるのでさらに同時紹介。
「耳が幸せ」タグに激しく同意。
巡音ルカ『Crystalline』を歌ってみた。byじゃあにぃ
関係ないけど、伴奏の楽器(たぶん弦)を聴くと
クロノトリガーの「時の回廊」をつい連想してしまうのは
僕だけではあるまい。
(⇒100分間耐久 【時の回廊】 クロノトリガー) 

巡音ルカオリジナル曲・Rousalka(ルサルカ)
SeikoPの処女作。
ぴょんぴょん跳ね回る発音が楽しい。
何を隠そう、1:30付近の「ぴぃえ~ぃ」でハマった(笑)
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by chee-choff | 2009-11-26 18:12 | V概論 | Comments(0)
脳の出番・躰の出番
最近「身体性」が自分の中での流行だ。
その理由、というわけではないが、
それらしいものに思い至ったので記す。

思考とは何かしら限定することだ。
包括的思考と銘打っても、
対象を思考可能な範囲内にとどめないと始まらない。
限定は思考につきまとうものであり、
限定が思考の本質である、とすら言える。
その意味で、限定合理性からスタートする
科学も同じことだろう。

その本質が今回どう影響するかというと、
思考の外の部分がどうしてもでてくるために、
複雑系たる日常生活において完全な合理的思考を
実践することは不可能だ。
で、どこまでも考えても結論が出ないような時は
諦めることになるのだが、その際に
選択肢の決定の拠り所をどこに据えるか。
(もちろん「選択権の放棄」も立派な選択だ。
関係ないけど選挙権もそうだよね)

言わずもがな、そこで身体の登場である。
身体は脳が把握できている以上に経験を積んでおり、
特に瞬間的な判断では身体の独壇場である。
(脳が判断を下すために必要な時間は確保できない)
その蓄積は脳が(?)身体に敏感であればなおのこと
信頼に足るものとなる。

この逆を考えればすぐ分かるのだが、
一方で身体は大局的な判断にはあまり役に立たない。
例えば瞬間的に身体が快楽を享受している時間が
あるとして、その時間を継続させる又は繰り返しを
可能にするためにはどう振る舞うべきか、
という問題に対し、その瞬間的快楽を今すぐ停止すべき
というソリューションが脳の判断により導かれたとしても、
身体はもちろんのこと、その判断には従おうとしない。
長期的に見れば脳の判断に与する方がより多くの
快楽を得られるとしても、だ。

だらだらとまとめずに書いたけど、
要はTPOに応じて脳の出番と躰の出番がある、
ということだ。
現在の脳化社会では人々は身体に対して鈍感になる
傾向があるが、それがどの場面で悪影響を及ぼすかは、
上でした話から想像しやすいと思う。
すなわち、身体で判断すべき時に脳で判断してしまう、
という「判断ミス」を犯す可能性が高いと言える。
(関係ない自分の話だが、判断に用いるハードが
適切でないという意味で「判断ミス」と書いた
文章には今まで出会ったことないんじゃなかろうか)
具体的には…
また考えよう。
いろいろ思い付けそうな気もするし。

それにしても、今完全に脳主体で生活している自分が
(散歩を除外すれば研究と読書しかしてない)
身体性に興味が豊富にあるというのは、
危機感の顕れなのか、身体への渇望があるのか、
(というのはわりと分かりやすい理由だが)
脳の限界が身体の活用で克服できる見通しがあるのか、
もし後者とすればそれは決して更なる脳化を目指すでなく
身体をも導入した「身脳切磋琢磨型哲学」の実践を
試みる姿勢、と言えそうだ。
なんだかワクワクする話だ。

あるいは、
身体を積極的に使う読書を試みているのかもしれない。
いや別に散歩しながら読んでいるわけじゃないけど。
想像・妄想は果して脳の専売特許なのか…
「ミラーニューロン」の話を聞くと、違う気もする。


といった思考を触発されたであろう文言を同時に紹介。
毎度のウチダ氏著作からの抜粋。
相変わらず(僕らが)言いたいことを上手く言ってくれるなぁと思う。

 「真理の水準」と「政治の水準」は違います。
 理路の整合性、データの正確性といったことが死活的に重要な水準と、「言葉が届いて、実効的に機能する」ことが死活的に重要な水準とは別のものです。
 平川くんがいう「脳を割る」という作法は、あるいは頭の半分を「真理の水準」で使い、残り半分を「政治の水準」で使うという思考法のことではないかと思いました。
 真理性だけを信じている人間は現実性の希薄な「科学主義」に閉じこもってしまうし、政治性だけを信じている人間は理路をねじまげ、データを改竄することをためらいません。
 この二つの水準のあいだには「架橋」が必要です。でも、「架橋するための一般理論」というものは存在しません。
 真理の水準と政治の水準のあいだを架橋するのはおそらく「身体」です
 身体はたぶん「真理と政治のあいだ」の、あるいは「理念と現実」のあいだで「平仄が合っている」ことを「気持ちよい」と感じることのできる器官なのだと思います。
 「話のつじつまは合っているんだけど、なんだか腑に落ちない」とか「世間が許してもおてんとさまは許さねえぞ」とかいう判断の審級は、あきらかに「脳が割れている」状態でしか存立しないものですよね。
(『東京ファイティングキッズ』内田樹・平川克美 p.118-119)
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by chee-choff | 2009-11-14 21:30 | ウチダ氏 | Comments(6)
ただのメモ(は) 連ねるうちに 深化する
タイトルが思いつかない記事って困るよね.


と最初に書いて(最初のタイトルは「ただのメモ」),

ずんずん本文を書いているうちにいい塩梅に落ち着く.

なにせ五七五.


で,進化というよりは深化だよなぁと.


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もうすぐウチダ氏ブログの2005年度を読み終える.

プリントアウトしたものを半年分ごとに綴じたファイルは10冊目を数える.

もちろんただ本当に面白いから読んでいるだけなのだけれど,

時々引き寄せられるコメントがある.


…私自身の書き物のほとんど全部は先人からの「受け売り」であり、私が用いている日本語はすべて先人たちが営々として構築したものをお借りしている。
そのような作物に「知的所有権」を請求するようなことは、私にははばかられる。
私が印税などとしていただいているのは、いわば「受け売り」の手間賃、「ダイジェスト」のバイト代である。
だから、私の本やHPのテクストを誰かが切り貼りして本にして、その人の名前で出しても、その方に「受け売りの手間賃」の請求権があって当然だろうと思う(とずっと言っているのだけれど、誰もやってくれない…
2005年01月11日 お気楽物書き稼業


こんなのを読んだら,今こんなことをしている自分がやってしまいたくなるのを止められない.

 と言いつつ,それは日々の雑務を再開した瞬間に忘れ去られる程度の使命感であり, 

  (「~程度の」という表現は決して生まれた思いが軽いことを意味しているのではなく,

  僕の好きな比喩で言えばそれは「特性値(熱い思い)は十分に大きいがそれを上回る

  確率(実現可能性)の小ささのせいで期待値が低く見積もられてしまうことを意味する.)

 だからこそ偶然点された「風前の灯」に灯籠を築くべくこうしてメモをしたためるのである.

(DBあるし)溜まったファイルを卒業後処分しようかどうかと迷っていたけれど,

今回の「飛び火」により,引越し時に大切に梱包しようとの思いを新たにしたのであった.


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とこれはメモしたいことを書く前に書きたくなったことであって…


あるフレーズにおお,と思いポンプを手に取ると意外にプシュプシュと手が動くので,

注入した言葉のガスが抜けないうちにその膨らみをメモ.


「そりゃ誰だって、女として幸せに生きていきたい。でもその実現はリプロダクティヴのヘルスだけでは難しい。ライツ(権利)の視点が必要なのよ。三砂さんにはそこが決定的に欠けている。
 ライツの視点がないということは、社会性に欠けるということです。だから、若いうちに結婚し、出産し、細々と働きながら子育てをして、四十五歳くらいに社会復帰すればいい、そうすれば『近代産業社会にとっても、非常に貢献できることです』なんて言える。夫ひとりの稼ぎでは生活できない現実や、四十五歳で再就職する困難が、彼女にはわからない。」

それより、いまの引用で私が興味を惹かれたのは「細々と」という副詞と、「四十五歳」という名詞の強烈なコノテーション[言葉の裏に隠れた意味]である。
イデオロギーは比喩のレベルに現れる
この文章の書き手は「子育て」する女性には「細々とした」労働だけしか許されず、「四十五歳」の女は、社会的にも(エロス的にも)価値がないという臆断をほぼそのままに受け容れている。
彼女が打ち倒すべき社会矛盾は「そこにある」からである。
2005年01月11日 『オニババ』論争の火中に栗を拾う


イデオロギーという言葉はある程度以上の堅さを持つ文章であればよく目にするが,

なんとなく実感のつかみにくい言葉だと思っていた.

けれど,このフレーズに触れてそれは正解なのだと分かった.

「それ自体はなんとなく実感のつかみにくいもの」であるのがイデオロギーの本質なのだ.

イデオロギーは意識して語られる話形には表出しない.

つまり「自分自身で自分が語る言説のイデオロギーを決定する」ことはできない.

客観性を保とう,中立中性を目指そうという意識をかいくぐって言説に潜在するもの,

その姿を「なんとなく」感知できる部分が,言説に含まれる比喩表現なのだ.


自分の論に実感を伴わせて相手に伝えるために,比喩表現は欠かせない.

その比喩表現は合理性の追求と相容れないものであり,

客観性の高い論理語から想定される意味の一部を抽出し,

その一部に身体性を加えるために使われる.

比喩表現の選択には当然論者の主観が入り込む.

論者が「この比喩ならばみんなに実感を持って伝わるだろう」と考えて選んだ表現,

それこそが論者の身体性をそのまま「体現」(ここで使うには実にふさわしい)している.


それを「この論者にはこういったバイアスがかかっていて…」と批判してしまえば

身体性を排除した論議空間へ引きずり込まれるのであり,

「彼はこういう感覚を持っているのだ」で済ませることで,

身体性を基盤とした言説の「節度」の確保が可能となる.



書いてて自分でどんどん訳がわからなくなってくるのだけれど,

実はその「訳のわからなさ」は体に正直な感覚であり,

「身体性を(脳の専売特許である)言語で表現する」というアクロバシーに因るものなのである.

たぶん.

 と書いていて,ウチダ氏がどういう時に「たぶん。」で文を止めるかが

 なんとなく分かったように思う(実はこれも下に並べた頻出表現のひとつである).

 たぶん(しつこいがこれも同じ).



余談だが,

「アクロバシー」も「ピットフォール(陥穽)」や「前件」と同じくウチダ氏ブログの頻出表現である.

そいえば「前件」って氏のブログを遡ってるとほとんど見かけなくなった…

昔に比べて表現に気を遣ってるのかも.

まぁ,だとすればそれは「哀しきreader friendlinessの割増」なのだろうけど.



余談の余談だが(しつこいな),

といいつつ余談とは関係のない余談なのだが(紛らわしい),

つまり別の余談なのだが(最初からそう言(ry ),

脳が求めるものと体が求めるものは相反するという話に最近興味があって,

その通りだなぁと思う記述に沢山遭遇しているのだけれど,

(養老先生の新書にはこーゆー話よく出てきます)

「脳(=A)と体(=B)が共に求めるもの(=ベン図でいうA∩B)」を追求すれば

なかなか幸せになれるんではという発想があって,

じゃあそんなA∩Bって領域はあるのかな(ない気はするけど)という疑問が今ある.


そんな感じの話が書いてある本知ってる方はぜひ教えて頂きたいデス☆

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修論の研究資料より嵩がかさむって僕大学で一体何してんでしょうね(笑
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by chee-choff | 2009-11-11 16:31 | ウチダ氏 | Comments(0)
情報と情報化
ウチダ氏の好きなトピックの一つ。
閑話休題(いきなりかよ)。

久しぶりに自炊をしてる時にふと思い至る。
情報化のプロセスを忘れると、
30分かけてキャベツとキュウリのサラダを作った時に
「あー時給考えたら総菜買うた方が安いなぁ」
と、さも当たり前のように感じてしまう(った)。
包丁を扱う、野菜の切り方を考える、切る野菜の細さの追求手段を考える、切っている間は違和感のある形だが皿に盛ると意外と落ち着いて見える(普段から自炊していればそんな風には感じないだろう)…
情報志向の発想は、自炊で失われる時間のみを考慮し、
自炊で感得される身体的プロセスを全て無視する。

別に昔でもそういった文章を読めば納得はしたろうが、
日常生活の中で自分発のものとして発想はしなかった筈。
日々ウチダ氏のブログを読んでいる影響のような気がして、
なんだかちょっと嬉しい。


ウチダ氏リンク.
⇒ 2008年02月05日 情報と情報化
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by chee-choff | 2009-11-07 14:25 | ウチダ氏 | Comments(0)
ポメラ購入
上げるのを忘れてた.

買ったのは9月の最初ごろ.

電化製品レビューの意味でアップしてみる.


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ポメラ購入!
本を読んでても何か考えていても、
大事なこと思いついた(or見つけた)けれど
すぐ忘れそうだという予感が結構あって、
でもノートPCを開く手間をかける程のもんでも
ないなぁと思って幾度となく予感の豆電球を
廃棄してきた。
それに加えて最近は特に目の調子が悪く、
顔をしかめないとPC画面が見られないという有様。
そのせいでブログ執筆意欲もすこぶる減退していたので、
生協でたまたまポメラのパンフを見て一目惚れ!
目に優しいワープロで検索した時にポメラの話を
ちらりと見ており、今の自分の要求をかなり
満たしてくれそうであったので、
価格ドットコムで安い所を探して通販で購入。
定価28、000のところを送料込みの16、000。
まだまだ安くなりそうだけどね。

で、購入してから一週間くらい使ったのだけれど、
なかなかいい!
打ち心地はさすがにデスクトップやノートPCには
劣るけれど、電子辞書が如く持ち運べることを考えれば
申し分ないレベル。
(ExWordの電子辞書のソフトケースに収納できます)
抵抗は平べったい設置キーボードと変わらないし、
全体的なサイズの小ささは特に問題にならないけれど
数字の段が他より細くてハイフンや!がやBSが少し
打ちにくいかなーといった程度。
何より今の自分が一番切実としていた「目に優しい」
ことが嬉しい。
一昔前のワードプロセッサと同じような感じで、
画面自体は発光していないのでちらつきがない。
(なのでもちろん暗闇で打つことはできない)
で文字表示を一番細かくしても字が鮮明なので
そのあたりは気にかからない。
機能を文章作成のみに限定したからこその
機能性だと言える。
僕はわりと激しく文字を打つ方なので、
寿命がどの程度なのかが一つ心配だが、
まぁそれはずっと先の話。

普段の生活での思考の活性化を担ってくれそうデス☆

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最近の記事で句読点が統一されていないのに気付いた人は多分いないだろうけど,

「、。」を使ってる文章はポメラで書いたやつをほぼそのままアップしたもの.

対して「,.」の方は今まで通り,ブログ投稿画面から白紙スタートで書いたもの.

ポメラで書く時は大抵何か急に思いついて,そこから思考のおもむくままに

ズバズバ書き進めたものが多いので,口調も多少変わっているように思う.

別に僕以外が意識する必要はほとんどないのだけれど,まぁ参考までに.
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by chee-choff | 2009-11-07 14:11 | その他 | Comments(2)
打って登るんです
面白いタイピングソフトを見つけた.

⇒ VectorのソフトDLページ

注)下の方にネタバレ画像が含まれるので,

やろうと思う方は2面をクリアしてから見ることをオススメします.


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仮想空間スタイルがなかなかイイ.

タイピングってそっち寄りのイメージだし(僕だけ?).

棒人間がくるくる螺旋階段を上がっていくスピードが

タイプの速さと連動していて,打っていて楽しい.

制限時間は1分で,レベルごとに必要打数(それだけ打てばクリア)が増えていく.

つまりレベルごとにスピードの最低ラインが設定されている.

スピードメータもその最低ラインを基準に表示してあるので,

レベルが低いうちはメータは振り切れたまんま.

打ってる間にメータがゆらゆら揺れてるくらいのレベルが,その打者のレベルと言えそう.

(メータは厳密にスピードメータというわけではなく,それまでの総打数と経過時間が使われている.

 つまり後半になるほど(同じように打っていても)メータの動きは鈍くなるし,

 打つのを止めてもメータが急にゼロになるわけではない.というかメータの最低はゼロではない.

 打鍵は急に止めれるわけだから,車のメータみたいに時速表示なんかすると針がえらいことになる笑)

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クリアタイムは制限時間上60秒以下でしかないので,

見ての通り僕はTowerでギリギリ.

ゲームタイトルからしてこれでラス面クリアかなーと思ったら,

Towerのクリア後にもう一面でてきた…

設定スピードが鬼畜でクリアできず.

(Towerの次に何がくるかはぜひ挑戦して確かめてください☆)

タイプウェル指標ならそれこそギリギリいけそうなのだけど,

もちろん打鍵単語は違うし,タイピング仕様も違う.

まぁ仕様はスペースなしと「ん」がどこにあってもnnで入力ってだけでほとんど気にならない.


あ,もしやる人いたら,「好奇心」にご注意を(笑)


もひとつ気付いた.

532type/sec ってどういうことなのww
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by chee-choff | 2009-11-06 23:52 | タイプウェル | Comments(0)
風邪ひきメモ
治りきらず2週間ほどぐずついているのだけど…

多忙を利用して風邪の根を「忙殺」してやろうと思う(多分無理w)


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心身一体の因果関係.

 「病は気から」 ⇔ 「健全な魂は健全な肉体に宿る」
     (因果が逆の意)

もちろん常に相互連関・相互作用しているのだが,

今回の風邪では後者を完全に失念していた.

確実に何かが老化している…
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by chee-choff | 2009-11-02 11:24 | メモ | Comments(2)