深爪エリマキトカゲ
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ほっと一息
学会の発表練習が無事終了.

なぜか本番より練習の方が修羅場という倒置現象.

そういう組織.


ある要素の表裏や上下がひっくり返ると,

リンク先の要素も扱いが変わる.

実際のHPみたく自動調節機能なんぞがあれば,

メタ視点から全体の振る舞いを考える必要性も生じないのだけれど,

オートに任せれば任せたで漠然とした不安は消えない.

というわけで,包括的思考を楽しむべき素地が勝手に出来上がる,と(笑)


楽だけど,染まり切ると外に出てからまずい.

去年いた組織も違う意味で,そういう面があったなぁ..

それが居場所を変えた理由の1つなのだけれど,

どこも同じ…というわけではないな.

原因は1つの場所に長く留まろうとしない,

僕のほうにある,と.

うーん

会社入ってから大丈夫かな.


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で金曜日は研究会後に息抜きがてら,

毎度のゴウ君の厚意により将軍塚までドライブに行ってきた☆

将軍塚は五条通で滋賀へ向かう山を越える途中にある,

京都の街が見渡せる数少ない展望スペース.

展望スペース自体は他にいくらでも(主に山)あるのだけれど,

車で簡単にアクセスできるという点で将軍塚は珍しい,とのこと.


行く途中でマクドでプレミアムコーヒー(¥120)を購入し,

展望スペースで乾杯しつつ夜の京都を眺める.

金曜がたまたま涼しかったのと山の上というのもあり,

快適にホットコーヒーが味わえた.

120円でプレミアムと銘打つのはどうかとも思ったが,

安さに罪はないので文句は言わない.


見晴らしも空気もアクセスも良いのだが,

その当然の帰結として人も多い.

週末でカップル多し.

二人で前後1ヶ月を振り返りつ見通しつ,

人が増えてきた所で早々に山を降りる.


楽に行ける点ではこの上なくよいのだけれど,

長居して思索に耽るならやっぱ大文字やね☆

彼も運動不足と言ってたし今度誘ってみよう.


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自作HP構想がある.

本格的に書評をまとめたいのと,

日々の思考を項目別にまとめたい衝動に駆られている.

あと今まで行ってきた旅行の写真の整理とか.


というか一番まとめたいのは,ウチダ氏のブログを読んでの感想.

「日本伝統のいいおじさん」と思って(いるのか氏がどこかで自称していたのか

忘れたが)我が心の師としている氏は毎日とてもタメになることをブログに書いている.

過去の記事はアーカイブで検索できる(言い方おかしいかも).

一月ごとに表示させて印刷して紙媒体にしといて,

研究や昼食の片手間に読み続けてはや数ヶ月(意外に続いてるなぁという感覚だけある),

08年度の記事をやっと読み通せた.

Wordの字間,列間をつめて印刷しても,

ファイルに綴じるとふつうの2穴ファイルが満杯.

データとしてはほぼ純粋に文字だけなのに,

容量にして2MBほどある.

1日に1~2時間を費やして書いてると言っていたが,何たる鉄人..

まぁ引用も多いし同じようなことを手を変え品を変え,という所もあるけれど,

その「言ってることは毎回同じだけど毎回少しだけ違う」所が

中毒者(ヘヴィリーダとでも言おうか)には心地よいもの(と氏も言ってた).

書いてはるテーマは多岐にわたるのだけれど,

(僕が勝手に思い起こす限り教育と武道論を中心に経済,社会(時事),政治,…)

それらに共通するのは「構造」について語っていること.


「構造」は,それに取り込まれている者はうまく見通せない.

ある問題に対し当事者意識にどっぷり浸かっていると,全体像が把握できない.

逆に言えば,「構造」を理解すること,できずとも枠組みを意識することで,

落ち着いて当面の問題解決に取り組むことができるのだ.

この「構造を語る」行為はもちろん残酷な面もあって,

それは簡単に言えば「ネタばらし」の性格を持つことだ.

例えば将棋の必勝法(なるものがあるとして)を完全に再現できる人間が現れれば,

棋士の存在意義はなくなる.

そういった性格(他にも沢山ある)から氏の論を歓迎しない人は大勢いる.

僕もどこぞの権力者であったならその大勢に仲間入りしているのだろうけど,

(この性格だけに限って言えば)精神的マイノリティ人間を目指すかたわら

実害は全くない.

では「ネタばらし」はただ残酷でしかないのかと言うとそんなことはなくて,

将棋の例を続けるならば,それは「新・将棋の萌芽」となり得る.

必勝法の存在しない,更に洗練された将棋の誕生への道が生まれる.

けれど…恐らく「新・将棋の研究開発」は棋士の新しい仕事となる.


場を荒らすだけ荒らして,修復は当事者に任せる.

なんと傲慢な人間よ,と思われるかもしれない.

だがそう見る人々は「当事者意識の陥穽」の域を出ない.

(氏はよく「ピットフォール」という言葉を使う.)

問題の解決により仕組みは洗練され,

指摘した当人はオキシドールに対する二酸化マンガンとして歴史に評価される.



何が言いたいのか全然分からなくなった(笑)

今回はこれで諦めるとして(⇔いつか続きを書く気が今のところある),

 (ええと1つだけ言いたかったことを復元すると,

 上の例をしつこく続ければ氏の文章を読んで僕は

 「新・将棋の構造を考えることに楽しみを見出せる人間」に

 なった(もしくは嬉々としてそうなることに歩みを進められる

 人間になった)ということだ.

 ちなみにその行為に責任が持てるかどうかは全く別問題.)

話を一番最初に戻すと,

氏の書く文章はいつもいつも僕のインスピレーションを刺激して飽きないので,

ニューロン発光の履歴が消滅する前に文章としてしっかり残しておきたいと思う.

ちゃんと整理したいなぁと不安になるほど思っているのは,

その発光回数があまりに多いからである.

あああ…

書評を書きたい読了本も山積みなのに…


研究なんぞしてるバヤイではない(笑)


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実は非公開でウチダ氏に関する文章を書いているのだけれど,

なんだか非公開にする意味もないなと思えてきたので,

マイリンクに氏のブログを貼りつつ(ついでに細々と模様替えもして),

紹介がてらそれらの文章を少し紹介してみる.

自分としてはホめてるつもり(なんか上目線ですみません).


「ウチダ氏①」  09.4.20

彼の文章は上手い.
抵抗なくするする読める.
何がそうさせるのか.
ひとつに,「おいしさの使い分け」ができているからだろう.
「おいしい部分」とは,テーマの核であったり,文字通り面白い部分であったり,
氏が一番聞かせたくて表現にこだわっている部分のことだ.
その部分その部分だけ読んでももちろん面白いのだが,
道筋をつけた方が分かりやすいし,核心をつく前の準備も必要だ.
何より,文章の全てが核心ばかりだと益は多いものの読む方は疲れる.
(モギ氏の文章はそんな印象を受ける.)
力の抜きどころが分かっていると,文章全体の魅力が増すのだ.


「ウチダ氏②」  09.4.21

彼の文章の論理は明快だ.
正しいか間違っているかではない.
意見に必要な素材を用意し,その素材を出発点として結論まで導く.
素材が怪しければ結論も怪しい.
また,論理の筋道は正しいが,それは真に受けてよいということではない.
筋道に沿うように事実(または事象)の中から要素を取り出しているだけ.
(もしくは,事象へのスポットライトの当て方に工夫がある)
彼の考えている視点においては(恐らく)何も間違っていないが,
視点を変える(マクロ・巨視的にorミクロ・微視的に見る)とおかしく思える部分はある.
だがそれは言い立てるほどのことではない.
彼自身がその前提を認めて(多分明言もして)いるからである.
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意見を述べる上で前提条件(仮定)をしっかり述べることは重要だ.
(氏はよく「前件」という言葉を使う.)
その重要性は意見そのものに寄与するというよりは,
意見を述べる人の人となり(誠実さ)を感じさせる部分に寄与する.
その前提条件は「メタ・メッセージ」と呼ばれるもの.
言明の仕方や言明する人についての言明.
ウチダ氏のそれについて覚えていることをメモしておく.
①行為遂行的言明である
 …今自分が述べていることが,そうなればいいなぁという願望を含めて書いている
②自分が知らないことについても自説を言い立てる(08.5.9)
 …いわゆる「無知の知」の明言
     →「不能の覚知」(@『子どもは判ってくれない』)ですね.
      知らないんじゃなくて,「分からない」.(09.9.21訂)

今思いついた追記.

なぜ僕が氏の文章を信奉するのか.
もちろん,氏が正しいことを言っているからではない.
(「物事の正しさ」に拘泥しなくなれたことも氏のおかげである)
彼の思想を採用することで(再び上目線ですみません),
自分の心を静かに弾ませつつ(つまり楽しいということ),
自分のまわりの人間と平和に暮らすことができると思われたからだ.
氏は言う.
資本主義は人々の絶対的豊かさの平均を上げるには効率の良い主義だ.
しかし,資本主義が成り立つ前提がある.
「構成人員全てが厳密な資本主義信奉者になると社会は破綻する」
つまり,一定の「節度ある人間」が必要である,と.
僕は思う.
そのような「節度ある人間」になってみたいなぁ,と.
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by chee-choff | 2009-05-25 18:12 | ウチダ氏 | Comments(2)
thinking with sinking / ぴえー
考えた方がいい時と,

考えない方がいい時があるということを,

考えることによって理解する.

実感が先か,想定が先か.

多分,実感が先.

でも,想定なしの実感はありえないと思う(だって気付かないから).

じゃあ想定が先かと言われると,

想定はきっかけに過ぎないのでは,とも思われる.


いやいやそうではなくて,

「考えない」ことについて「考える」ことで,

「考えない」ことについて何か得られるというのは本当だろうか?

「考えている」のに?


これは「何も考えない」意識を作り出す難しさと何か関係があるのだろう.

意図的には不可能,だって?


言葉を弄んでるだけ,と言えばまぁ済む.

けど…考えるからには何かぽこっと出てきてほしい.

「結果より過程が大事」という信念との整合性をとるなら,

過程を経る段階でぽこぽこと何かが出てきているのだ,と.

そしてそれは自身の意識が見つけずとも,ぽこぽこと.


モグラたたきの,見えないモグラ.

穴の位置を限定してしまえばそこにしか注目しない.

でも,見えないモグラは,穴からしか出てこない,のか?

そんなことはない.

そこが,見えるモグラと違うところ.

見えないモグラはいかなる空間にも出没する.

又は,いかなる空間も,穴の集合体.

穴は見えるかどうかではなく,「そこに見る」.



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とりあえず間違いないだろうなぁと思えることがタイムリーに1つあって,

それは今こんなことを考えているバヤイではない,と(笑)

学会の発表練習をあさってに控え,

発表スライドにタイトルをふるだけでなんだか満足してしまった...



満足は大事!

心の健康にとって大事!




明日頑張ろう.
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by chee-choff | 2009-05-21 00:45 | 思考 | Comments(0)
なんという密室
相変わらず助教と二人で研究生活なんですが,

彼は長岡京市(隣は大阪)から阪急で通学とのこと.

「乗客の8割がマスクしてるとか圧巻やったわぁ

 そいえば今日なんか熱っぽいんやけど」

とか言いながら顔近づけるのやめて(>_<)



まだ京都進出という報道はないようだが…

どうなる6月の伝熱シンポ.



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『失われた町』(三崎亜記)を読む.


著者の社会を切り取る眼の鋭さに感服した.

彼の描く世界は事実(現象)としてはありえないのだけれど,

起こる,そして受け入れる意識としては何ら僕らのいる世界と相違ない.

彼が切り取った社会の一面を特徴的(ありきたりな表現で申し訳ない)に表現することによって,

僕らは社会のある意味での異常さ(当たり前のことが視点を置き換えると異常に見えてしまう)を

目の当たりにし,その逆の表現として僕らに,社会に対する特別な視点を提示してくれる.

日常生活にもまれる僕らを敏感にしてくれる.

鈍感であることが罪であるかのように(そしてその罪を認める者も,罰する者も自分自身なのだ).


著者は俗世から離れた生活をしていると聞いた(朝日新聞のインタビュ記事だったか).

彼の感覚は,それがもたらすものなのだろうか.

ある種の憧れを抱くが,その憧憬の実現が仮に頭をもたげることになったとしても,

僕は社会と繋がりを保つことを止めないだろう.

実感を色濃く伴う,僕が「感じる」社会と.

 …それはまだ僕が若いからなのか,

 社会が無尽蔵に影響力を持つのか,

 それを見限るほど老練でないのか,

 満足がいくまで続くのか,

 そもそも満足が得られることがあるのか,

 それは諦念ではないのか,

 諦念を満足と等価とみなすことを老練というのか…



思い,想い.

重いが,重苦しくない.



ネタバレではないのだけれど,読まれる方は多分一度読み通してから

見た方がよい僕の提案として以下に.

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by chee-choff | 2009-05-19 12:51 | 読書 | Comments(0)