深爪エリマキトカゲ
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早起き生活
ごぶさたです.


年始から卒研のメドが立たず焦りまくってたんですが,

昨日の教授との研究相談で少なくとも作業は順調に進んでいる,

という手応えをつかんだので一安心.

ぶっちゃけシミュレーション結果から何が言えるかなんて全く想像できないけど,

結果出たら何か言えるやろという教授の言葉を信じて.




さて,昨年末にやたら鬱なこと書いたり

正月に何やらわけのわからないことをぐちゃぐちゃ言ってたりしてましたが,

別段精神的に追い込まれていることはなく,

身体的にはむしろすこぶる健康であります.


毎年冬にインフルエンザに罹って3,4日寝込んでいたんですが,

今年(今年度)は全く病気にかからず,

一日くらい風邪ひいて布団で寝込みたいなぁと思ってしまうくらい健康そのもの.


食生活は決してよくはないのになぜこれほどまでに健康なのか.

その秘訣はやはり 早寝早起き にあると自負しております.

特にイベントがなければ(ってか今の日常イベントなどほぼ存在しない)

12時までには布団でぐっすり,翌朝は5時~6時起床.

もう朝型に慣れてしまったので夜はしんどくなって勝手に寝てしまう.


でもう頑張って早起きしようというわけでもなくなったのだけど,

面白そうなサイトを見つけたので利用してみることにした.

 http://www.hayaoki-seikatsu.com/

手軽に起床時間の記録がつけれるという点でGood.

どーゆー風に習慣付いてるのかを観察してみよう..



+*+*+*+


以下よりお知らせ.


昨年末にネット接続をケーブルから光に変えました.

回線速いし安くなるしでデメリットがないとのことだったんですが,

この間請求書見ると 前よか1000円高くなってる…

つかKDDIとNTTの両方から請求来るの詐欺っぽくないスか?

光入りませんか~の訪問の人そんな話全然してなかったのに.


といういきさつがありなんかムカッときたので,

今月いっぱいでネット解約することにしました(え

なんで2月以降はdionのPCアドレスにメール送っても届きません.

そして2月以降下宿に来る人はうちではネット使えないものと考えといてくらさい.




+*+*+*+*


上の早起き~の話.

起床時間グラフをブログに貼り付けられると聞いたので早速やってみた.

これ早起き~のサイトで更新すれば自動的に更新されるらしいので,

ブログ記事書かなくてもいい生存確認になるね(笑

とりあえずこれだけは習慣化してみよっと..





p.s.家計簿に残ってた起床時間をプロットしてみると二度寝した日がよーさんあった…

  これはちと本腰入れねばなるまいな。頑張るという言葉を使わざるを得ない。
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by chee-choff | 2008-01-24 15:27 | その他 | Comments(8)
ゆくとしくるとし07→08 (3)
脇道に逸れ過ぎて何が言いたいか分からなくなってしまった。

毎年のことである。



ここからは今年の抱負について語ろう。

卒業研究は、まぁ一生懸命やるが魂を売るようなことはしないと思う。

あくまで自分のペースを保ち続けて。

そのペースというのは、毎日新聞と本を読むことである。

新聞は昨年の夏前から取り始めて、定着した。

本も、使命感を抜きにして読もうと思えるようになった。

本は特にジャンルを限定していない。

新聞もそうだが、数珠繋ぎを大切にすることを特に意識して読んでいる。

おかげで興味の幅は格段に広がった。

今年はその幅を広げることも続けたいが、

一つの分野を掘り下げることもしたい。


本について少し語る。

本に対する意識が変わった。

知識を得ようという意識は薄くなった。

かわりに、考えて読むようになった。

考えるとは、ある一文に対して自分の持つイメージや経験を想起したり、

賛成や反対をしたり、その理由を明確にすること、とここではとらえたい。

単に覚えようとするよりも、自分の近くに引き寄せて、

自分の視点で見つめることで、経験として頭に刻まれる気がしている。

その経験を人に語る際に具体化できないことは

現時点では極めて多いのだが、

その経験を自分の中で再構成したり、

他分野に生かすことはできていると思っている。

これらの感覚はもちろん、なんとなくである。

よって自分の目指すべきは、この曖昧な感覚を人に伝えるべく、

イメージを言葉で表現できるようになること。

読書の経験を更に積むことと、後述する目標を達成できたならば、

その境地に近づくことはできるはず。


今年度の心構えとして一つ。

目に見えないものを意識し大切にしたい、

すなわち「心眼」を磨きたいと思う。

具体的に表現するのは難しいが、例えば

「なんだかよくわからないけど安心できる」

といった印象を相手に与えることができる人になりたい。

この「なんだかよくわからない」がとても重要で、

それは安定したものだと断言はできない。

流動的なものか不思議なものか、それらで形容される

未知という不安を超えるような安寧をもたらす何か、

又はそれ自体を心地よさとできるようなオーラ。

そんな何かが…自分で書いてて不安になってきたが…

自分から発せられればよいと思う。

…なんだか妄言に近いので、あまり深く考えないで欲しい。

深く考えても分からない。

発言主の俺が言うから間違いはない。

ただ、一つはっきりと言えることは

「目に見えないものが大切であることを伝えられる」

人になりたいということだ。

いささか自信過剰な表現をするが、

これは俺の内にある果ての無い精神世界を

いかに他人と共有できるかにかかっている。


そして、今年度の目標を一つ。

 「討論仲間を持つこと」

これは、今まで自分が生きてきて未だ持ち得なかったものである。

自分の考えを人に押し付けるでもなく、

他人の考えを否定するでもないスタンスの俺に、

討論なぞは全く不要であった。

いや、これに関してはこの先も不要であるかもしれない。

(これは職場での仕事に関する討論であったり

サークルの運営方針に関する討論などではなく、

表面上の付き合いでは全く生じ得ない

お互いの行動哲学や存在論に関する討論と思ってもらえれば分かりやすい。)

しかし、興味は前々からずっと持っていた。

基本的に自分の考え方は人に理解されず、

相手は考える余地もなく俺を振り払う(そうせざるを得ない)。

又は端から俺自身が相手に自分を伝える意志を放棄する。

行動や普段の会話でなんとなく伝わっていればそれで満足していた。

しかし、相手が嫌になるまでとことん自分を表現する機会があれば何が起こる?

神懸った突拍子のなさに住む世界の違いを悟られるかもしれない。

はたまた、お互いが共有できる精神世界が広大にあり運命めいたものを感じるかもしれない。

(上二行はあくまで想像であり、妄想である。程度の程は知らない)


自分は、中立的な人間関係を得意とする(orその状態が自然である)人間である。

知り合った人と過度な距離を感じたことはほとんどない。

その代わり、どうしようもなく近いと感じたことも恐らくない。


そろそろ、この定位置から重い腰をあげてみるのもいいかもしれない。




こんなところだろうか。

どうも抽象的なことばかり言っているが、

これはもちろん、今の自分の精神状態を表している。


まぁ、今年は「ふわふわ沈んだ」生き方をしてみようと思う。

そんなわけで、みなさん今年もよろしく。




   「人は、人のために生きる。」



p.s.実家でずっと↓を聴きながら書いてました。ニコニコのID持ってる人はゼヒ聴いて見て☆

和を愛でる心こそ愛し。

  筝・十七弦・尺八による「戦場のメリークリスマス」
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by chee-choff | 2008-01-01 22:23 | 思考 | Comments(4)
ゆくとしくるとし07→08 (2)
行ってきました八幡宮。

片道30分の道のりを思考に耽りながら…

と思っていたが実際あまり考えることはなかった。

いつものように歩くこと自体を楽しんでいたのと、

かつて日常であった風景を眺めて昔(小・中学時代)を懐かしんでいた。


神社は人が沢山いた。

その人の山を構成する一人一人をそれぞれ違う者として、俺は眺めていた。

年を越える10分前に人だかりのできた神社の大門前に着いたが、

俺は不思議に落ち着いて周りを観察していた。

 人はどんな顔をして新年を迎えるのか。

 一人で迎えるのか、友人と、家族と、恋人と一緒に迎えるのか。

 一人でいる人、誰かと一緒にいる人は、どんな顔をしているか。

 どんな言葉を発し、どんな事を考えながら、何をその目に映しているのか。

そんなことを、考えるというよりは、ひとつの風景として、

そして彼らだけでなく、彼らの思いも視覚化されているように、

俺は見ていた。受け止めていた。いや、その風景に溶け込んで行った。


2008年となったその瞬間、

俺は、自分の中で年の変化を意識することはなかった。

その10秒ほど前から、周りでは自然とカウントダウンが沸き起こっていた。

数が減るにつれ、膨れ上がってゆく声の塊。

そして零となり、拍手が場を埋め尽くす。

「今年もよろしくお願いします」

共に詣でた仲間に、頭を下げる者。

一人でいる者は、静かに目を閉じ、又は何かを口ずさんでいた。

 目を閉じた彼は、07年が終わった、と感じたのだろうか。

 それとも、08年がやってきた、と感じたのだろうか。

 何かを口ずさんだ彼は、誰に対して、誰を思って、

 心の中では抑え切れない思いを開放したのだろうか。

俺はそんな彼らを見て、初めて年の移り変わりを認識した。

その瞬間に、何か変わっただろうか?

いや。

何か、変わりたいと思っただろうか?

…いや。


その場にいた俺は、まさに空気であった。


空気だって、思うところはあるものなのだよ。




そんなこんなで空気であった俺は、缶ジュースのお汁粉を自販機で買って、

早々に山を下り始めた。

うっすら白熱球の照らす行き道とは違う、明かりの全くない山道を通った。

頼れるのは木々の隙間から射し込む月光と、すれ違う参詣者の懐中電灯。

「こんばんは。明かりなくて大丈夫ですか」

「気をつけてくださいね」

自分に向けられる人の声に、温かみを感じた。

その言葉に、真っ暗な心も照らされた。

 照らすものと、照らされるもの。

 見えるものと、見えないもの。

 俺は、見えないものを照らす人でありたい。


帰りは山道と寄り道(年賀状出すポスト探してた)により、50分かかった。

着いたのは、1時。

体は完全に冷え切っていたので、風呂に入ってすぐ寝た。






という過程を経て、今に至る。

ここから、1の続きを書こうと思う。



先に、長期的と言った。

これは、周期が長いことを意味する。

大学生活を始めてから今までの3年半をひとつの安定した状態とみなし、

それと対極に位置する、例えばsin関数でいう山と谷のような関係における、

谷へ、谷底へ吸い込まれるような感覚を欲している。

内世界へ。


今は、その入り口にいるのだと思う。

妙に落ち着いた感覚、他を欲するでもなく拒むでもないメソテース。

自分の想像する限り、これから訪れるは「拒絶心の拡大」。

そう思うにつけ、先に語った我が信条を守るべく

その拡大をただ野放図にするわけにはいかない。


 来 者 不 拒 、

 去 者 不 追 。

このような格言がある。

俺は、前者は守り通したい。

そして後者は、その時の自分の感覚に任せたい。

来る者は、彼自身が何らかの意図を持ち、

又は俺が発するであろう何らかの応答を求めて、来る。

それが彼の本心に従ったものであれ、裏に何かが隠れているものであれ、

俺の所有物を得るためであれ、俺を媒介として第三者に接するためであれ、

俺に近づくそれら全ての理由を、「縁」又は「きっかけ」として、まずはとらえたい。

自分へのベクトルを認識し、真正面から受け止めたうえで、

感じればいい。考えればいい。

端から切り捨てるようなことはしたくない。

だって、せっかくの「縁」じゃないか。


内世界へ向かいつつ、外界からのアプローチを受け止めるのは容易ではない。

なぜなら、双方とも完全形として一個人の精神には両立し得ないから。

そのような心構えでいれば、どっちつかずとなるのは明白である。

どっちつかず。優柔不断。中立的存在。

よいではないか。

俺は、今はこれらの表現を、自信を持って肯定的に捉えられる。

自信が持てるようになったのは、

意識し始めてからもその立場を貫いてきた経験があるから。

肯定的に捉えられるのは、

そこに無限の成長の可能性を見出せるから。


そこに無限の変化の可能性を見出せるから。
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by chee-choff | 2008-01-01 17:49 | 思考 | Comments(0)