深爪エリマキトカゲ
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ゆくとしくるとし('16→'17)
今年もはや年末。

今年はあまり書くことがありません。
書く気が起きない、です。

その理由を、書く気を起こさないように書いてみましょう。
難しいですが。

 × × ×

6年半勤めた研究所を、第三四半期末に退職しました。
会社を離れるとその記憶も急速に薄れ、今では遠い過去のことです。
辞める一歩を踏み出した時のことをこのように↓書いていました。

お遍路天狗のデタッチメント 2016-08-10 粛々と一歩

今は仕事はしていません。

 × × ×

待つことにしたのでした。
今までは言わずとそうしていましたが、今ははっきりとそう意識しています。
何を待つという言い方はそぐわない。

待つとは、聴くことでもあります。
気持ちを鎮めて、淡々とした表情で、何を見るでもなく、でも目は閉じず。
自分の中の湖に、波紋を立てず、月がそのまま映り込むように。

働いていた頃は、波紋の分析をしていました。
当たり前に風が吹き、当たり前に地が揺れ、当たり前に水面が揺れていたからです。
でも湖が静かになると、分析する必要がなくなりました。

すると意外なことに、前よりも、想像が生活に対して身近に感じられるようになりました。

 × × ×

無為、ということについて考えています。
たぶん無為であるときは、そうでないときと時間の流れ方が違います。
そしてその時間は、そのときにしか流れない。

 × × ×

時計を見ない生活をしています。
目覚ましはスヌーズ付きでかけますが、時計は手前にぱたりと倒れています。
決まった用がなければ、その日一日時間を見ることはありません。

 × × ×

書けることそのものの楽しみ、に区切りがついたのだと思います。
何かを書けることは、ただそれだけで素晴らしいこと、だった。
それだけ上達したのでもなく、飽きたのでもなく、ただ離れられると思った。

静かでいたくて、言葉ともそれに合うように触れていたい。
僕が文章を書く動機が、このように変わったのかもしれません。
波風が立たないように、読み、ときどき書く。

 × × ×

来年の春かその前に、一本歯(天狗下駄)で四国遍路に行きます。
今はそれに向けた生活をしています。

何が起きるかはわかりません。
自分がどうなるかもわかりません。
ただ、帰ってはくるでしょう。

それが始まりかもしれないし、通過点かもしれません。
わかっていることはほんとうに、何もありません。

 × × × × × ×

今日も例年どおりはちまんさんへ行ってきます。

では今年はこれにて。
みなさまどうぞよいお年を。

chee-choff



 × × ×

紅白見ました。
心持ちが変わって見方も変わりました。

椎名林檎だけ別世界でしたね。
何の服喪でしょうか。
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by chee-choff | 2016-12-31 15:52 | その他
ゆくとしくるとし('15→'16)2
今回の「ゆくくる」では実験の話をよく書いています。

ちょうどよい機会なので、僕が生活の中で「実験してみよう」と思った内容とその経過(結果)について次に書いてみましょう。
明文化することは目的や方針が明確になるという意味はあるのですが、なんとなく始めた実験の方向性を限定してしまう(どちらかといえば負の)効果もあって、格別面白い効果がなければ普段文章にすることはないのです。
なのでテーマ的には「ゆくくる」にふさわしいといえばそんな気もしますが、では、ちょっと思い起こしてみましょう。


①消灯して風呂(シャワー)に入る

…これを始めたのは去年(あ、もう2016年なんで一昨年ですね)のはずで、朝起きて夜寝るという人のバイオリズムがありますが、この「明るい朝・昼」と「暗い夜」という自然現象は太陽を周回する地球の公転と自転によりますが、電気を使うことで「暗い夜」を「明るい夜」にすることができるようになりました。この長年(というのは人類発祥から電灯が点くまで、というヒューマンスケールを遥かに超えた期間です)変わらなかった身体のリズムが数百年かそこらで変われるはずがない、という理論があって、日常生活とこれを関係させれば「寝る数時間前からだんだん照明を暗くしていった方が寝つきがよいですよ」という話になります。

そう言われればそうかもねと思い、「夜に高輝度のライトを直接身体に浴びるとバイオリズムが乱れる(身体が「今は昼か?」と思ってしまう)ので間接照明がよい」とか言われる前から部屋では備え付けの天井照明は使わずアッパーライト(最近バージョンアップしたんですが、「井戸コアラ」の『アッパラ兄弟~』という記事に詳しく書きました)だったので僕の認識が大きく変わることはなかったのですが、そういえば風呂場の照明は明るいなと思い、これは当たり前のこととして育ったから盲点になっていたのですが、寝る前に風呂に入るなら風呂場の照明は暗くあるべきだと気付いたのでした。

書いているうちに前にも書いたのを思い出しましたがまあいいとして(こういう時は特別に頭が回って前に書かなかったことを書こうとするのです。同じ話を「そのまま」繰り返すのはまず(書きながら考えるタイプの)書き手自身にとって面白くないですからね。内田樹氏はこのタイプで、氏はブログの中で「聞いたことのあるような話」を何度も繰り返して書かれるのですが、そう思いながらも面白く読める(実際に一度読んだ記事ですら再読に耐える)のは、氏自身が「(まさに今書こうとしている)自分が読んで面白い話を書く」という方針を貫いているからで、その、テーマが一緒でも細微が前に書いた時と違うという時の違いは、その都度の氏の関心対象や生活状況が文章に織り込まれていることに因っていて、そういう視点で読めば「無限の行間」から意味を汲み出すことができます。理想的には、ですが。以上、挿入がバカに長いので文字色を変えました)、風呂場を暗くすることは体を洗う時に目で確かめずに洗うということで、これは潔癖症の人でなくとも抵抗があるかと思うし僕もこれを考えた時に抵抗を感じたのですが、「生活実験の信条」みたいなことを同時に考えました。

これはちょうど今回の「ゆくくる」のどこかで書いた「習慣実験」に当てはめられる話で、「体をきちんと洗う」ことは深く考えなければ「生理的必要に基づく行動」ですが、じつは「理念的必要に基づく行動」なのです
清潔という概念がほんとうに複雑というか厄介で、これは「穢れ」という宗教性と強く結びついているのですが、このテーマについては鷲田清一氏のいくつかの著書に大いに啓蒙させられた(「びっくりした」くらいの意味です)記憶があります(書名は何だったかな…こういう時にソーシャルライブラリがとても役立ちます。調べた結果は…『感覚の幽い風景』がタイトル通りこのテーマが主要の一つとして書かれています。『夢のもつれ』は読んだ時の衝撃だけ記憶にありますが、この本にもいくつか書かれていたかもしれません)。
例えば口に入れたものを消毒済みのコップに吐き出してもう一度口に入れることはものすごく抵抗がありますが、衛生面(有害な細菌の有無など、観念を含まない純粋に生理的な側面を指してここでは使っています。ところで「衛生」も日常的な使われ方として観念を含んでいますよね)では何の問題もありません。
この「ものすごい抵抗」を頭で考える以前の生理的嫌悪として人が認識する元をたどれば、「口に入れてから外に出したものは不潔である」という純粋な観念なわけです。
あるいは体の外と内の境界を考えた時に、保健体育で習うところでは肌が境界になりますが、服の上から他人に触れられた場合に「その人が自分に触れた」と感じることから「自分が着ている服の表面」が体の外と内の境界であることを想定できるわけですが、これが観念ではなく生理的感覚に思えるのは「服の上から他人に触れられる感覚」が観念的でないことに因っています。
この二つの例は、観念と生理が分かちがたく入り組んでいることを理解させてくれます。

話を戻しますが、つまり「生活実験の信条」のことですが、ある習慣が「生理的必要」か「理念的必要」かどうかは「とりあえず”抵抗”とか”嫌悪感”みたいなのをおいといて(内田氏は「かっこに入れる」とよく表現します)しばらく続けてみる」ことで判断がつくと考えています。
(他人に勧めたり一般化したりすることに、あまりに直接的に言ってしまうと常識的に抵抗がある(というこれは常識的な判断)から僕は「実験」などと呼ぶわけですが、たぶんテーマとしては深遠で、学問的な体裁を整えれば文化人類学への貢献になるかもしれない、と今思いつきましたが、これは単に「だから何だ」という話で大した意味はありません)
そういえば温泉旅館で風呂場の照明が暗いなあと思ったことが何度かあります(逆にスーパー銭湯では例外なく風呂場全体が煌々と照らされています)が、この「暗い」という印象の出所に上記の「理念的必要(上の習慣)」があったと考えることができます。

で、話をもう少し前に戻しまして風呂の話ですが、まずは手元にある間接照明で何かないかと探し、ランタンを使い始めました。
風呂に入る時にライターでろうそくに火をつけて高い所に置き、もちろん防水ではないのでシャワーがかからないようにします。
これをしばらく続けましたが、ろうそくのロウの消耗具合によって明るさが変わるので、変わるごとに「なんだかなあ」と思ったり、あとはろうそくがわりと幅広の円柱形なのですが、底の隅っこにロウが使い切れずに残るのが気に食わず再利用しようとしてろうそくのアルミ容器をコンロにかけたりと便利な器具を買う発想が全くないばかりに面倒なことをやったりして、しまいに面倒になりました。

今はどうなったかといえば、風呂場の照明は何も点けずに入っています。
リビングのアッパーライトは夜はずっと点けているので、その光がわずかに風呂場に届く程度です。
真っ暗ではありませんが、例えば肌に泡がついているかどうかは見えません。
で、ここからが面白い所なのですが、それに慣れてくると触覚が敏感になってきます
体を洗うのに前は化繊の汚れがつきにくいウォッシュタオル(というのかな?)を使っていましたが、いつ頃からか肌が荒れることに気付いてからはスポンジも使わず直接手で洗っています。
風呂場が明るい時はそれでどうとも思わなかったんですが、暗い中で洗うようになると「体つき」というか、体の各部分の形やモノ(再表面はどこも肌ですが、筋肉が張っている部分、脂肪が厚くついている部分、骨が表面近くまで突き出た部分、そして今挙げた分類はもちろんゼロイチではなくグラデーションがあるわけで、手で触れて得られるのは表面+奥行き情報だということがよくわかります)を「初めて知る」ような感覚があり、それはつまり言うまでもないですが「視覚でなく触覚で初めて知る」ということです。


1つのテーマが意外と長くなりました。
いろいろ書こうと思っていましたが、あまり時間ないですね。
お昼ごはんを食べます。
12:23

+*+*+*

箱根駅伝を見ていたら時間がすぐに経ちます。
かみのだいち君(なんと神々しい名前!)のゴール前、最後に曲がる前の直線で見せた「気力みなぎる表情」が印象的でした。
どれだけ身体が疲れていても、あのような表情ができるのですね。

+*+*+*

そろそろまとめます(まとめられるような話をしていませんが…)。
どう生きていくか、と言えば重いテーマに見えますが、つまりは先に書いた「思想」のことです。

一つは、最初の方に書いた、
必然に従う」ということ、
それからもう一つは、
自分で選択しようが流れに身を任せようが、充実した生活を送る」ことです。

充実とは、幸福・不幸の別も、健康・不健康の別も、富貴・貧乏の別も、喜怒哀楽の別も、関係はしますがどれか一要素が満たされれば同時に満足されるものではありません(これは「否定を続けて行った先に残ったものが(あくまで暫定的な)結果として肯定される」という語法で、限られた枠あるいは文字数での表現が要求される広告の語法とは対極にあります)。
保坂和志氏の、自分で考える、考え続ける思考方法と通じるものがあると思いますが、これを絶やさないような生活をすること。

ああ、ひとつ否定でない表現がありました。

 充実とは、プロセスです
 そしてプロセスには変化が不可避的に含まれます

どれだけ具体的なことをしていようが、あるいは抽象的なことを考えていようが、このことは念頭においておきたいと思います。
生活に「厚みをもたせる」思考も、このベースがあってこそ生まれることでしょう。

14:27

+*+*+*

まあこんな感じで、今年もゆるりと充実して過ごせればと思います。
読んでくだすった方とまたここでお会いするのは年末になりますが(年始に年末の話をするのは文字通りの「離れ業」って感じがしますね。そしてこれは表現としては「年末年始」ではなく「年始年末」ですね)、僕の普段の「生活実験」等に興味がありましたら以下の「井戸コアラ」にお越しください。

ミ☆ 緩い井戸コアラ鳩詣 ☆ミ

それでは、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

chee-choff

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by chee-choff | 2016-01-02 11:43 | その他
interlude -京都和歩と憑依想像遊戯-

昨日は、結局間に合いませんでした。
着替えたり持ち物を探したりと出発準備をしているうちに23:20くらいになり、もうこのあたりから「例年通りだなあ」とあきらめつつも、ずんどこ勢いよく「和歩」で歩いて石清水八幡宮へ向かい、それでも歩くのが早かったのか、本殿より手前にある休憩所に面した広場に着いたところで新年を迎えました。


去年の秋くらいだった気がしますが、平尾誠氏の三島社HP連載記事を読んで歩き方を変えようと思い立ち、半年ほど試行錯誤を重ねながら「私家版ナンバ歩き」がなんとなく形になるまでに至りました(その経緯は「井戸コアラ」ブログの”身体論”タグ記事にたくさん書いてあります。平尾氏の記事の中で紹介されていた安田登氏の「和のウォーキング」が僕の歩行法開発のベースとなっているので「和歩」と名付けました。ブログ内でキーワード検索してもらえれば和歩の要点がつかめる…ほど整理して書けてはいませんが。最近は新しいひらめきがないので一旦の完成の域にあるのかもしれません)。
で、年末に京都・大阪に戻って(実家が大阪と京都の本当に境目にあり、家から1分も歩かない所に府があります)、まあ気のせいかもしれませんが足腰の強さを実感しています。

30日は午後一に小田原から新幹線「ひかり」に乗ったんですが、自由席が混んでいるのはわかっていたので最初から指定席の車両前に並び、すいていそうな自由席車両から離れた指定席車両の連結部に立つことにしました。
毎週BookOffの立ち読みで鍛えているのでこれは平気で、たぶん3時間半くらいは立ちながら、時々ストレッチをしながら、また昼食にパン1個と紅茶花伝ミルクティーをちょこちょこ摂りながら『風土』(和辻哲郎)を読んでいました。
『風土』は普段読まないものを、という方針でのチョイスなのですが、実は3,4年前のGWに「3泊4日くらい一人で普通列車ふらり旅」のお供に持って行って挫折した本でもあるんですが(その時は数ページだけ読んですぐやめてしまったのか、今回あらためて読み始めた時に記憶に残っている文章は全くありませんでした)、今読むと内容が断片しかわからないとはいえ面白く読めるのがまた面白い(つまり読み方、本のどこに面白さを感じるかが変わったのですね)なと思いました。
まだたぶん30ページも読んでないですが、僕が面白いと思っているのは本の内容そのものというよりは「その内容を論理的に示そうとしている著者の書きっぷり」の方で、内容の価値や正しい間違いはさておき(この本に関してそれは僕には判断不能です)、和辻氏のこれを書いている間の頭の中を想像しながら(というほどの自覚はなくて、「想像しているという体(てい)で」という表現がしっくりきますが)読むと、内容の要点と関係ないちょっとした言葉の選び方や比喩の使い方に感心したりして、(内容を理解しようと読むと同じところを何度も読み返すことが多くて大変ですが)なにやら面白いのです。

この年末に帰ってくる前日に読み終えた『喜嶋先生の静かな世界』(森博嗣)はある研究者の内的世界について、彼のそばで接していた主人公が語る小説なのですが、この本にはひとつの「理想の研究者像」が描かれています。工学部の研究室に3年いた僕には想像しやすい内容(大学のキャンパスや研究室の雰囲気は肌で知っています)で、この「理想の研究者像」に、当時の自分と引き比べながら強い憧れを抱いてしまうのですが、その僕自身の経験がさせる撞着から離れる努力をしてから、これは大学の研究者に限定される話ではないと気付きました。
その研究者像のひとつに「一つの専門を極めていくと、他の専門分野の研究の要点も見抜けるようになるし、ひいては他者を尊重できるようになる」というものがあって、これは僕の普段の専門家のイメージとは反するもので(端的にいえば僕は「学問の専門分化、要素還元主義の推進が統一的(ってなんでしょう、「生活的」かしら)な人間性の価値を下げ続けている」といった認識を持っています。他分野の人間には理解できない重箱の隅をつつくような研究に公的資金が下りることもあるわけです(もちろんそのすべてがムダではなく、一方でわかりやすい成果にしか予算がつかない費用対効果重視の評価基準も研究の本質からすれば問題です)。学部生の頃に何度も文転しようとしたり(経済、文学、法とずいぶん目移りしました)、学部4回生の研究室で最適設計工学という「次数の一つ繰り上がった専門分野」に入ったのもこの認識がベースにありました)、読んでいて最初は反発したのですが、森博嗣氏の書く文章に意味のない文章はなくて(「意味なしジョーク」にすら明示化できない意味…じゃないから印象かな、があります)、この認識を念頭に考えてみるに氏自身がこの「専門の深化がたどり着ける普遍」を体現していたのでした(氏は昔は建築学科の助教授でコンクリート材料の専門だったはずです)。

話が進まないので飛ばしますが、僕は「専門家にはなりたくない」という漠然とした認識を持っていて、でもこれをちゃんと言えば「視野が狭くなって他の専門分野に興味を持たず、他者の思考を尊重しない専門家にはなりたくない」であって、そうならない道として昔は「(狭く深く、ではなく)浅く広く」しかないと思い込んでいたのですが、「狭く深く」を追求していってあるところで視界が一気に(だんだん、かもしれませんが)広がるということもあるなあと、たぶんちょっと前からわかってはいたのでしょうが言葉にしたことがなかったことを、『喜嶋先生~』の「喜嶋語録」に触れて言葉にしたくなったのでした。
そして、話が戻っているのか話を単純にしているだけなのかわかりませんが、「浅く広く」もやり方次第では「一つの専門」になりうると思います。たとえば「雑学クイズ王」みたいなものかもしれません。僕の今の興味からすれば「生活の専門家」と表現すれば言いたいことが言えていることになるのですが、実際的な面と同時に思想的な面もフォローするには「生活」という言葉は実際側に傾きすぎているように思えます(鶴見俊輔氏の「限界芸術」にならって「限界生活」とかどうでしょうか…なんか限界集落みたいな響きがしますね。ふと「電波少年」の”なすびの懸賞生活”を思い出しました)。

『風土』の話から逸れて何が言いたかったのかというと、昔は興味を持てなかった本に興味がもてるようになったこと(を認識したこと)から、『喜嶋先生~』にあった「専門の深化がたどり着ける普遍」を連想し、そこから、僕自身が距離をおいていると思っていた何かしらの「専門性」を僕が持ちつつあるのではないか、ということも考えてみたのでした。
このことは連想しただけで、それを今掘り下げてみようと思いませんが(なんとなく、今「生活」としてやっていることが「仕事」に結びつきそうな気がするのです。これもまた今の僕が避けようとしている認識です)、とても大事なテーマだとも思うので、今書いているこの文章を読み返す未来の自分に期待するとしましょう。

15:38

+*+*+*

初詣の時の話を書こうとしていました。
今年は特に何もなかった気がしますが、とりあえず書いてみましょう。

そうだ、和歩で歩くと(西洋歩きの時と比べて)頭の回り方が違うという話を最初にしようとしたのでした。
歩き方に向ける意識の割合が多い分、込み入ったことを考えられないのです。
はちまんさんに着くまでで覚えているのは、3,4年前くらいにできたらしいTSUTAYAが閉店していたこと、道中で夜中のドライブについてしゃべっていた若者の集団がいたこと、アスファルトの上り坂から砂利と土の山道にたどり着くまでに足の疲れを感じたこと、それから山道を登っている間にその疲れを忘れたこと、くらいです。


そうだ、足腰の話も最初にしようとしていました。
30日の夕方に京都駅に着いてから、新町通りを丸太町くらいまで北に歩き、下鴨神社まで行くつもりが時間がなさそうだったので東に折れると京都御所があったので御所のだだっ広い砂利道を歩き、現在位置がわからなくなったのでとりあえず鴨川を渡ってみたら御池通だったので神宮丸太町駅に向かい、京阪で実家へと向かったのでした。

京都御所の敷地の広さと砂利道は急いでいる時に歩くにはうっとうしい以外の何物でもありませんが、僕はまだ急いでいなかったし、和歩研究の恰好の場所であることを思いついたのでそれはそれで興味深く歩けました。というのは普段歩く時に安全なまっすぐの道では目をつむりながら歩くことがあって、それは視覚情報があるとないとでは身体動作に割ける意識量がだんぜん違うからです。視覚情報がない状態でまっすぐ歩けるかどうかというテーマもあって、これについては御所で実感できたことですが、目をつむって歩いている間に「歩行を成立させるために身体が集める情報(歩行情報)」の種類がだんだんと変わっていくようです。もちろん目を開けていれば視界がその歩行情報の最たるものになり、あとは副交感神経(と言っていいのか正確には知りませんが、要するに意識できない領域)として平衡感覚を司る三半規管があるでしょうか。それが目を閉じると、最初のうちは閉じる前の視覚情報の残像を頼りに歩いていて(その残像を脳内で歩行に合わせてスクロールさせる想像をしたこともあります。その効果はよくわかりませんでした)、また意識的に聴覚を使って歩行を安定させたりもできます(反響定位というやつで、そばに建物が並ぶ道や屋内の廊下などでは効果があります。また道を目を閉じて歩いていて、何か違和感を感じて目を開けると横に自動車が止まっていたりすぐ近くに電柱があったりする経験を何度もしていて、訓練を積めば視覚障害者が必要上獲得するような鋭敏な感覚が得られるのだろうなと思います)が、目を閉じて歩く時間がある程度経つと急に不安度が増してきます。あ、そういえば目を閉じていてもまぶたは光を完全には遮断しないので、日なたから日陰に入ったり照明に照らされたりすると顕著に影響を受けることはわかっていて、目を閉じていても情報量が少ないだけで視界は視界だなあと今あらためて思います(調べてはないですが、目を閉じている間に茶色がかったグレーの地に赤と青の粒が乱れ舞うさまは寝入る前に「目をつむった状態で”見ようとする”」ことで見ることができますが僕はあれは桿体(地の方)と錐体(赤と青)だと考えています。細胞がそのまま見えているのか何なのかわかりませんが、これらはある程度意識的に動かせる気がしていて、これを上に書いた「歩行時のスクロール映像」として再構成できたら面白いなと思ったことがあります。実感として途方もない話ですが)。何の話を…そうだ、御所で目をつむって歩いていて、その「歩行情報の収集先」が切り替わる瞬間を実感したという話でした。こういった実験は目をつむっていくら歩いても安全な場所でやればじっくり考察ができると思います。空港の滑走路とか?


足腰の話に戻りますが、要は新幹線で3時間以上立ちっぱなしのあとに京都の市街地を1時間半くらい歩いて、その日はあまり疲れを感じずに終わったんですが次の31日に初詣に向かう時に道中一時疲れを意識したものの面白いところ(身体が躍動するところ、の意味で、アスファルトより山道の方がでこぼこしていたり地を踏む感覚にもバリエーションがあるので身体にはうれしいわけです。後でもっと疲れるという面もありますが、疲労にもすがすがしい疲れとすっきりしない疲れがあるわけで、山道を歩く疲労は前者ですね)を歩き始めると疲れを忘れて、結局初詣では本殿での立ちっぱなしが1時間弱と、行き帰りの歩行が2時間弱の運動をして、帰って風呂に入ってさっぱりして翌日は通常通りという経過で、数年前は新幹線の立ちっぱなしだけでひいひい言ってたのに比べると強くなったなあということが言いたかったのです。

で、それが単純に足腰が鍛えられたというだけでなく、和歩によって疲労が足(足首、ふくらはぎ、ふとももなど)だけでなく全身に分散できているからかもしれないなと思っています。
それを実際にどうやってるんだという話になるととても言葉にするのが難しいのですが、僕は和歩を開発するなかで「なるべく全身を使って歩く(方法を探求する)」ことを心がけています。例えば…多田容子氏の武道関係の新書(タイトル忘れました…すみません)に書いてあった、腰と尻が分離するような歩き方をしていると着地の衝撃が尻より下(ほぼ足ですね)にだけかかる、という表現にはなるほどと思って僕も実践していますが、このことを多田氏は「尻を(腰に)収納する」と呼んでいました。

話が変に飛びますけど、いつか将来「天狗下駄で四国遍路を踏破したい」という他の(常識的な分野の)将来設計に比べればかなり明確な目標があるんですが、その時に和歩が実力を発揮できそうな気がして、これはなかなか楽しみです。

18:02

+*+*+*

石清水八幡宮に着いてからの話。

例年通り(という言葉はこの文全体にかかります)、本殿に向かう石畳の道に並ぶ人の列に並び、列が進んで門をくぐると賽銭箱にたどりつくまでがすごい人だかりなのでそこで列を左に離れ、矢の願掛けをしている雅楽隊と巫女さん達の演をしばらく眺め、その舞台の横の、御籤の番号を引く六角形の鉄の箱が置かれた台と挟まれた地点に佇んで「乗り移り想像遊び」をしばらくやり、敷地内を時計回りにゆっくり歩いてからお守り売り場の手前からちょっと離れた地点に佇んで「売り子さんの応対観察」をしばらくやり、敷地を回り切って門を出て、手水場の通路を挟んで反対側に設けられたたき火にしばらくあたり、休憩所まで下りて屋台やら自販機やらを一通りひやかして、(たぶん)八幡駅側へ向かう道を手洗いの前で左に折れて「誰も通らない(曇りの日は本当に)まっくらな道」を暗闇に目が慣れるまで一歩ごとに立ち止まりながら歩いて下り、もときた道に合流してそのまま下山しました。


「乗り移り想像遊び」は今また命名しましたが(タイトルはもっと仰々しくしてみました)、何年か前の「ゆくくる」に同じ話を書いた時には「盗眼」と呼んだ覚えがあります。
正月の混み合った神社ほど人が無防備になるTPOはなくて、そこで人の表情をガン見して、その人が何を考えているかを想像するという多少趣味の悪い(見方を変えれば極めて高尚な)遊びで、僕がそれをやりながら頭の中で文章を組み立てるわけではなく、イメージが浮かんでいるかも微妙なところで、ただただ期の赴くままに凝視するだけです。
恐らくこの遊びによって得られる想像の糧は計り知れないものだという…なんだろう、妄想的観測があって、日々の読書生活に意識できない(直接の関連を見いだせない)レベルで潤いをもたらしているものと推察されます。

で、今年これをやっていて新たに気付いたことなんですが、美男美女カップルというのはどれだけ自分に関係なかろうが(芸能人なんてその最たるものだと思いますが、テレビを見る人にとっては関係大ありなのかもしれません。僕は知りません)見ていると羨望が入ってしまうものだと思うんですが、これは「(直接的な人物描写がなければ)小説の登場人物(主人公、だったかな…)はみんな、読み手が勝手に美男美女だと想像してしまう」(これは集英社文庫(たぶん)の「読者の名言集」が一節ずつ載ったしおりに書いてありました)という仕組みと関係がありそうだ、ということです。
「絵に描いたような」という言い方(形容詞的用法)があって、「映画(ドラマ)に出てきそうな」はそのバリエーションなんですが、これも「美男美女前提」の認識がベースになっていて、それでいて映画やドラマを観る時に人は登場人物に感情移入したりするわけです。で、もちろんそれは頭の中で行われるわけで、しかも頭の中で「簡単に」行われるわけです。この(あまりにありふれていてあらためて意識なんてしない)経験(に伴う機制)が街中で美男美女カップルを見かけた際にも発揮されるのですが、その時に「私(僕)もああいう風になれる」という意識される前の認識がまず浮かび上がり、それを現実的な思考がすぐ否定する(実際に当人が意識するのはこの「否定」が最初となる)ことになります。

この仕組みの話は今考えたことで、神社で立っている時はより実践的なことを考えていて、つまり「”その時”に羨望を抱かない方法(論理的解決法)」を思いついたという記憶は残っているのですが、はて何だったかな…?

ああ、美男美女というわかりやすい性質だけにとらわれない、だったような気がします。
要するに初対面の(あるいは初めて見かける)人を見る時にどの部分をどれだけ詳しく観察するかという話で、羨望を招く性質にだけ目が行くとその性質がその人の全体的な印象を決定してしまう(その人の性格やら趣味やら他の情報に対してすべて色眼鏡がかかってしまう)ので、そうならないように人間観察を(見かけ、ふるまい、会話内容はじめその人の個人情報などに対して)公平に行えばよいのです。
で、神社でこの実践に成功して、「乗り移り想像遊び」の間にあまり余計に気が散らなかった記憶がなんとなくあるんですが、これはまあそうだったと思っておけばいいことですね。


あとはたき火の話を少し書いておきましょう。
暖をとりながら火をじっと見つめるのですが、右目が弱視の遠視、左目が近視の僕にとって初詣の神社のたき火は視覚実験における好適条件が整った場なのです(実験ばかりしてますね)。
毎年なにかしら火の見つめ方を変えて納得したり感心したりするのですが、今年は「ピントを外した状態の左目で火をじっと見る」をやってみました。
僕の目は左右で一緒にピントが合うことがないので、右目にピントを合わせれば左目は自動的に(より近くを見る方、すなわち目のレンズが厚くなる方に)外れます(左右のピントを独立して合わせることができればそれはそれで凄いことなのですが、特にやろうとしたこともなく、アプローチ方法も全く思いつきません…まあここでこの話を書いたことを縁ととらえて興味はもっておくことにします。これができちゃうとまともに目が見れなくなりそうで怖いですが)。
そうすると、火はぼやけて見えるわけですが、火の粉の一つひとつが「ニュース番組のエンドタイトルで夜の都市が移されていて、カメラのフォーカスが移動した時に車のヘッドライトや道路灯が円状に滲むような」円状に見えて、その滲んだ円状発光体がそのような動き(つまり火の粉が飛び散る動き)をするのを見たのが生涯初めてで、その絵から何を連想したかといえば「シューティングゲーム(「グラディウス」とか。懐かしいですね)」で、しかも普段僕が連想という時ほど遠くない連想で、つまりシューティングゲームのゲーム画面そのものを見ているような感覚がありました。

ゲーム画面が現実に、現実感覚として(画面上でなく、という意味です)現れる体験もなかなか興味深いですね。
ニコニコ動画で、3Dキャラクタのモーション像を実写動画に貼り付けてARを表現した動画を見たことがありますが(確か「MMD」というソフトを使って作るのだと思います)、あの動画の中に自分がいてモーション像を目の前に見ている感覚のようなものでしょうか。

晩御飯です。

19:32

+*+*+*

晩御飯を食べながら格付けチェックと「相棒」(途中まで)を見ていました。
Gacktのチーム連勝記録が途切れちゃいましたね。
「怒ってるんじゃない、悲しいんだ」は名言ですね。
僕も同感です(何が?)。
あと「相棒」の相棒がまた変わっていて、反町だとはすぐわかったんですが、なんだかGacktに見えてしまいました。
反町が「白Gackt」ならGacktは「青Gackt」ですね、黒じゃなく(何が?)。


今年のinterludeはいろいろ混ざってしまいました。
毎年気ままに書いているので、これも一つの変化の証ですね。

項を改めまして、引き続き「ゆくくる」を書いていきます。

22:15


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by chee-choff | 2016-01-01 22:15 | その他
ゆくとしくるとし(´15→´16)1
今日はくもりで、雨が降る可能性は低そうですが星は見えないでしょう。
はちまんさんへ登る山道はまっくらですね。
雨が小ぶりくらいなら行くつもりですが、なんとかもちこたえてもらいたいものです。

+*+*+*

さて、この1年を振り返ってみましょう。

さっき書きましたが、出来事としては今年は本当に何もありませんでした。
ちょっとしたことで言えば…GWの時期(会社のGWは世間とズレていて、今年は6月最初でした)に旧友と会いたくなり、3,4人ほど会う予定を組んで実家に帰りました。
なにかの本に影響されてだった気がしますが、そうやって会うことでなにかを確認しようとしたことは覚えています(「なにか」ばっかで何も覚えていない言いぐさですが…)。
で、会ってみて、変わっていない(みんなそれなりに社会に適応している)ことに安心しました。
面白い話を期待したわけではなく、実際マジメな話しかしませんでした(仕事や生活の話)が、なんというか、「ふつう」という言葉は漠然と使われると反発したり、自分が漠然と使うと大した意味もないのに変に意味を持ってしまって持て余すことがあるのですが、友人の具体的な仕事や生活の話を聞くと、その「ふつう」に実質が備わった気がして、そのことに安心したのでした。
まあそのことと、自分もその「ふつう」に倣うことは別問題ですが。

なんだかここでの「ふつう」という言葉の使い方が、旧友の一人ひとりの仕事や生活に特徴がないことを強調しているように見えると困るのですが、僕のいう「ふつう」は彼らの具体的な生活内容に向けられているのではなく、それぞれの個性ある生活を社会と折り合って営んでいることによる彼らの(「社会の成員としてそれなりにやっていますよ」という)安定感に対して僕が抱く印象のことです。
こういう人が一定数以上いないと社会が成り立たないという意味で、とても広い意味で(というのは、例えば会社にとっては彼一人がいなくなってもうまく回るだろうから…という言い方も誤解を招きそうですが、これもその人個人の性質に起因するのものではなく、「よくできた会社」の仕組みとしてそうなっているということです。欠けると社命に関わる人ばかりが成員の会社は長生きできません)「必要不可欠」な存在で、必要とされる人がそれなりに充実して生活できる社会は平和だと思います。

この安心は恐らく会社なりで付き合いがあれば自然と得られるものだと思いますが、僕にそれがないのは会社の人間関係がプライベートにまで及ぶことがほぼないからです。
もちろん一緒に仕事をしているというだけで会社の一員だという安心感があるわけですが、仕事とプライベートが明確に分かたれている場合、仕事上の安心感(「現実感」とも言い換え可能でしょう)がそのままプライベートの安心感にもなるかといえば、「そのまま」ではないだろうと思います。
もし生活上必要最低限の仕事上・プライベート上双方の安心というものがあるとすれば、僕は後者は思考(思想)と習慣作りによって満たしていることになります。


ここで思想の話を書いてみようと思います。

思想とは、一つ前の記事で少し書いた気がしますが、ここでは生活の行動あるいは思考のベースとなるもの、そして気分や身体性(「なんとなく」とか「そのほうが元気になれそう」とかいう理由づけのベースはこれらにあります)よりは理念的な…なんでしょう、行動指針・思考基盤とでも言いましょうか。
ブログ(「緩い井戸コアラ鳩詣」という普段更新している方のブログです)を書くペースが今年の半ばくらいから基本週1,2くらいになりましたが、それは「思いついたら書く」という方針は以前と同じものの、普段の(ブログを書くことを除いた)生活を圧迫しないために自然とそうなりました。
ブログを書くことも生活の一部ではありますが、読書や散歩とは質が違うなと思っていて、読書や散歩は「思想の核をつくる生活要素」であるのに対し、ブログを書くことは「思想の核を(言葉という)形にする生活要素」だと考えることができます
で、たぶんその今年半ばからは、思想の核を育てることを前よりも意識して(今書きながら考えていることなのでこの言い方も変と言えば変ですが)書いているのかもしれません。

だからといって今年ブログに書いてきたことをここで繰り返すつもりはなくて(ここではあくまで、発想元としては今の自分だけをベースに書きます)、だからその書いてきたこととここでこれから書くことが矛盾することもあるでしょうが、それは「(例えば、一貫性がないじゃないか、という意味で)解答が間違った」のではなく「問いが出現した」ことを意味します。
何か導きたい結論なり命題なりがあって、それを目指して論理を展開させていくならば、正しいか間違いかという判断は基準を設定すれば可能です。
でも僕のやっていることは、ブログを書くその時々における自分の考えや想像、連想を書くことであって、その考えが時を経て矛盾を生むことになったとすれば、その矛盾には「自分が新たに考えるべき何か」が含まれているかもしれないのです。

人はいくつも矛盾した考えを自分の中にいくつも持っていて、それを矛盾と思わないのはそれらの考えが同時に意識されないからで、それらが同時に意識された時、「そういうものだから」というそれらより高次の論理(論理じゃないですよね…例え悪いですね)によって共存を許される場合もありますが、共存が許されなければその矛盾は解決すべき問題となります

この「前景化してきた解決すべき矛盾」は、何冊も同時に読んでいてふいに二冊の内容がリンクした時に発生したことが何度かあります。
「井戸コアラ」のどこかに書いたことですが、それはある著者の考え方①に「その通りだ」と思い、別の著者の別の考え方②にも「その通りだ」と思って、ふと考えてみると①と②が矛盾していることに気付く、といった経験です。
これが解決すべき問題である理由は、その矛盾の認識が確かであれば、自分が深く納得したはずの①か②のどちらかが「嘘」になってしまう(例えば、本当は納得していないが著者が好きだからただ鵜呑みにしているだけとか、①は論理的には正しいけど実質が伴っていなくて字面で納得しているだけに対し②は言いたいことはわかるけどうまく言えてないという理解を僕がしていてつまり①と②の「その通りだ」の使い方が違っていて、曖昧な例で断定しにくいですがこの場合は①の「その通りだ」が僕にとっては嘘になることが多い)からで、その「嘘」を放置すると、積り積もって僕自身の読書態度が誠実なものでなくなってしまうことが想像できるからです。


今は亡き鶴見俊輔氏が『思想をつむぐ人たち』の中で書いていた「普通人の哲学」という言葉は、僕の座右の銘の一つです。
(この本との出会いには偶然があって、3,4年前の年末に実家に帰る時に小田原駅(新幹線に乗る前)で車内読書用の本を忘れたことに気付き(いや、最近読んだ本をそうと知らずに持ってきていたのだったか)、駅の本屋であてもなく探していてふと目に留まったのでした)
鶴見氏は思想家という肩書だったかと思いますが、氏の哲学・思想は普遍性を備えていながら「普通人」に寄り添ったものでした。
氏の本として僕が初めて読んだ本なのですが、『限界芸術論』の「限界芸術」とは、芸術家ではなく生活者としての個人が生活の中で生み出す芸術、「芸術から最も離れた芸術」といった意味だと記憶していますが、この本などはテーマ自体が「普通人」の側にあります。

歴史に名前を残すことは義務教育を受けてきた人にとって一度は必ず価値のあることだと思い込まされますが、偉人の伝記を読んだり現存の有名人の偉業を知らされたりする時に、何かのきっかけで(出身が一緒とか、「小さい頃は勉強ができなかった」とか…これはよく聞きますよね)彼らと自分の間に共通点を見つけたりするとついつい「偉業を成した彼」と「何も成し得ていない自分」を引き比べて落ち込むことはありふれてあると思います(逆に発奮できる人もいるとは思いますが)。
その偉業は、成すまでの苦労や才能を要することや現代科学への貢献などが「わかりやすい」からこそ一般人に膾炙できる偉業となり、「手の届かなさ」もまたわかりやすいからこそ上のような比較をした一般人はみな同じように落ち込むことができます。

鶴見氏に伝記作家という肩書があるのかは知りませんが、氏の伝記はとても上手く、読む人を落ち込ませるのでなく発奮させる力があると思うのですが、それは語り口だけによるのではなく、氏は「普通人の取るに足りない(しかし着実で地道な生活に裏付けられた)もの」をとても魅力的に描くことができるからです。
僕は『限界芸術論』を読んだ時に、心の底から「有名人にならなくてもいい」と思ったことを覚えています。
もちろん読んでから今までずっと同じ気持ちを維持できたわけではないと思いますが(「思う」と書くのは記憶にないからです)。

晩御飯ができたようなので食べてきましょうか。
19:12

+*+*+*

おせちを食べながら紅白を見ました(前半のみ)。
乃木坂が東京にあることを初めて知りました。
高級住宅街だそうですね。
そのせいか乃木坂46(48?)の衣装もハデハデではなかったような…。
しかし毎年見るたびに思うんですが顔が全員同じに見えますね(オヤジ発言)。
モーニング娘はもっと個性があった気がしますけど、そういう趣旨なのでしょうか。
よく見れば(一視聴者たる)あなただけに見つかる個性が埋もれてますよ、という。

+*+*+*

さて、この1年を振り返ってみましょう。(再)

上では思想の話をしました。
次はその思想がどこに結実されるのか、について書いてみましょうか。
目的が明確にあるというわけではありませんが、どこへ向かっているか、北極星のように生きている間にたどりつかないかもしれないが方向を示す何か(「(指導者の指し示す)指先ではなく星を見ろ」という言葉がありますね。出所は忘れましたが内田樹氏がブログで書いていました)が、あると考えればあるのかもしれません。
…が、まともに正面から取り組むと難しそうなので回り道をします。


ブックオフでは毎週立ち読みをした後に、所場代がわりに最低一冊は購入します。
だいたいは新書か小説(文庫か単行本)か、時々National Geographic日本版(黄色い縁取りの雑誌で、院で火山学を専攻していた同僚に一度借りた時に面白いなと思い自分で買うようになりました。毎週土曜の朝食時にちびちび読んでいます)、という感じで買う本はいつも決まっているのですが、たまに読んだ本や新聞(1年前くらいから日本農業新聞を読んでいます。一度購読をやめようかと思った二月ほど前にちょうど田口ランディ氏の毎日連載エッセイが始まったのでその縁で読み続けています。前はずっと朝日を読んでいましたが、ある時から広告欄(各ページの下1/4ほどにありますよね)に気分を害するようになり、各業界新聞を試し読みして広告が一番「どうでもいい」(つまり自分の生活に関係のない)新聞として農業新聞を選びました。読み始めると面白い記事もあって、週連載の「郷土料理紹介」や「野菜or果物の豆知識ページ(小粋なイラスト付きで1ページ半あります)」、農大講師フクダ氏(ブルーベリーの権威らしいです)による「個人農園術」などは毎週欠かさずに読んでいます)に影響されて、いつもと違うジャンルの本や雑誌を買うことがあります。

たしか秋の始まりくらいに、具体的な経緯は忘れましたが『田舎暮らしの本』なる雑誌を買いました。
まだ読んでいる途中ですが(これも毎週、日曜の朝食時にちびちび読んでいます)、メインは500万円以下で購入できる全国の「田舎暮らしができる民家(空き家)」の紹介記事で、土間にかまどに囲炉裏にと昔ながらのつくりの古民家で農具小屋が横に並び家庭菜園できる土地がついて180万、とか山あいの別荘地で近所の温泉からお湯を引き込みで自宅で温泉につかれて風呂釜は硫黄も大丈夫の石で車で山を下りれば市街地にすぐ出られて400万、みたいな感じで物件情報がずらりと並んだページが続き、それを一つひとつ読んではいろいろ想像を楽しんでいます。

会社を辞めて田舎暮らしをしたいのかというと、まだよくわかりません。
感受性を下げる要因が少ない、むしろ感度を高める喜びすらある(というのは実際を知らない僕の想像ですが)という意味では田舎暮らしは魅力的ですが、今のところ魅力を感じるのはその点のみです。
人が少ないのも自分向きのような気はしますがこれは現状と比較してのことで、本格的に人口の少ない街や村で暮らしたことがないので人の少なさが自分にどういう心境の変化をもたらすかについては、好悪は不明でただ興味だけがあります。
田舎でする仕事などはなおさら何も想像していなくて、むしろ一度仕事を辞めたら「何も仕事をしない生活」を数年くらいは続けてみたいと思っているくらいで、これは明らかに保坂和志のエッセイや小説の影響を受けています。

この辺はしっかり記憶に残っていて、『言葉の外へ』というエッセイ集は最初に図書館で借りて読み始めたんですがあまりに面白くて線を引かずにはいられなくなり新品で購入して読んだ経緯がありますが、『アウトブリード』(これもエッセイ集です。名前からして重厚ですよね)に負けず劣らず重厚で、まだ再読はしていませんが何度読み返しても得るものがたくさんありそうな「思考の原石集」です。
原石という表現は「才能が見え隠れするが素人っぽい」という通俗的な意味でなく…いや似たようなものかもしれませんが、万人受けするかどうかという意味では「厳密ではなく粗削り」な思考が本の中でなされるわけですが、思考のさまが見えるというか、脳がギュルギュル回転する音が聴こえるというか、まさしく保坂氏が紡ぎ出した思考である点と読んでいるこちらもそれに触発されて何か考えずにはいられない点ですごく創発的なのですね。ああ、「読んでいると思わず”磨きたくなる”」という意味で原石という表現がしっくりきそうですね。

で、『言葉の外へ』の中に、小説家は自分のペースで仕事をするから会社みたいに外から強制してくれる手順(朝礼とか掃除とか、昼食休憩とか仕事のノルマとか、いろいろありますね)がなくて、だから自分で一つひとつ決めて習慣を作らなくてはいけないと書いてあり、そのあとにその一つひとつの習慣(何時に起きる、歯磨きはどうする、…)について「なぜそう決めたか」とか「こうすることでこのような思考の実践になる」とか、ささいな行動に対してもものすごい経緯なり理由づけが伴っていて、「自分で習慣をつくる」ことは誰しも生活する中で自然とこなしてはいますが、その「習慣を作ることがどれだけ凄いことか」というか、「ささいな習慣的行動からここまで強烈な思考が生み出せるのか」といった、とにかく自分の個性(身体とか思想とか)をベースに自分で考えることの充実をその部分を読んでいる間に感じました
恐らくその部分を読んでから、エッセイの他の部分や氏の小説の全体に「自分で考えることの充実」が息づいていることを感じるようになったと思います。

それで、この「自分で考えることの充実」は、サラリーマンをやっていて得られるものではないと思っています。
これは意志でどうにかなるものではなく(なることもあるでしょうが、僕はそのような形での実現は「必然に反する」と考えます。「必然」も自分の思想に深く関わるキーワードではありますが、これは後に話の流れが行き着けば書くことになるでしょう)、まずふつうの社会人をやっていてその必要性が生じないからです。
話が逸れそうですが…会社なり仕事なり、集団が生計を立てるシステムが整っていくごとに個人の創発的思考は必要性を奪われていきます。これは仕事とプライベートを区別できるとした上で「プライベートについて」(仕事について、ではありません)の話です。研究開発でも営業でも、仕事上の工夫や発明などを生むための創発的思考は業種に関わらずある(程度の差はあるにしろこれは基本的に本人の意識次第です)のですが、仕事上で自由な思考が展開できる前提にはプライベート(生活)の安定があると思います。
上に書いた「自分で考えることの充実」が、もっと上に書いた「思想」と結びついて実現される場所は、仕事ではなく(あるいは職種によっては仕事を包含する)生活の領域にあると考えています(というか今考えました)。


勢いで書いてると文脈を見失いながらも筆が進んでしまって読み返す時に大変そうな…
もうちょっとしたら初詣に向かうのでここで区切りとしましょう。
今年は余裕のあるタイミングで区切れたので、年を越すまでにはちまんさんの本殿に着けるかもしれません。
まあ、どっちでもいいのですが(とか言ってるからここ5年くらい間に合ってないのですが)。

内容的にわりと大事な地点だったのですが、行って帰ってきて、あるいは寝て起きたら気分ががらりと変わって全然違うことを書くかもしれません。
その時はその時ですね。

それではみなさん、よいお年を。

22:54

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by chee-choff | 2015-12-31 22:54 | その他
interlude ~足裏に汗をかかない女の子と霊道~
今年もはちまんさんに歩いて登り、実家に戻ってきたのは26時でした。
そんなに経ったか…という感じでした。
登っている間のことを少し書きます。

+*+*+*

「和歩」はナンバ歩きの「腰をねじらない動き」をコンセプトに、関連の文章から勝手に想像して自分でつくりあげた歩き方です。
同じ側の手足を一緒に出すのですが、手の振りを歩行のために使わない(振っても振らなくてもあまり変わらない)ので歩くスピードは遅いです。
と、これを始めた最初(2ヶ月くらい前かな)は思っていたのですが、慣れてくるとスピードが出せるようになってきたようで、そうすると別の不安が出てきます。
この不安は昨日歩いていて感じたことで、もとの歩き方(西洋歩き)と似たようなスピードで歩けてしまうと「どこが違うんだ?」という錯覚に陥ってしまうのです。
手はほぼ体の側面につけるとか、脚まわりの複雑なねじり方とか、やり始めた最初は「慣れない違和感」があってその違和感をこそ「和歩」の特徴として実感していたところがあって、その違和感が取れてしまうと、歩行感覚のよりどころがなくなって「これでいいのだろうか…」という疑心が生じてくる。
元々の目標というか、歩行法の変更による到達点をちゃんと決めてはいないし(全身をバランス良く使う、という曖昧な目標はあって、それは日々の身体の状態がアウトプットになるのであって歩行中の身体の状態がどうという話ではない)、これといった見本があるわけでもないので考えてみれば当然の成り行きではあります。
今後どうなるかはやりながら考える、というこれは最初からの変わらぬ方針であります。

「和歩」に慣れてきたとはいえ、まだ歩き方を意識しながら歩く段階ではあって(でも気が逸れた時に西洋歩きに戻ることはほぼなくなりました)、はちまんさんへの道中はあまり考え事はしませんでした。
また普段歩く時はメガネをかけないことにしていて、そうすると周りの景色が全部ぼやけているので、特定の何かが目についてそこから思考が広がるということもありません。
大晦日の夜の道は静かでがらりとしていて、時々通る車以外に動くものがほとんど見あたりません。
それで(いつにもまして)目を瞑って丹田を意識しながら歩いてまっすぐ進めるかを試したりしていました。
やりながらちゃんとは数えていませんが、たぶん10秒くらいは不安が起こらずに歩けます。
この「不安が起こらない状態」は視覚以外のセンサーがちゃんと機能している状態であって、定常的に聞こえていた音の方向の変化や(これはすなわち歩く方向が斜めにズレたことを意味します)、すぐそばに壁や停められた車や電柱などの物体があった時の音の反響の変化に気付くことができます。
その状態だと、ふと目を開けるとそれらの違和感の元のものをちょうど確認できるタイミングになっていることがあります。
一方で、目を瞑る時間をだんだん伸ばしていきたい思いもあって、しかしそれを意識し過ぎると「まだいける、まだいける」と無理して目を瞑り続けることになって、そうなるとセンサーの感度が落ちます。
まだ溝に落ちたことはないですが、歩道の側溝に落ちそうになったり、壁に腕をこすりそうになったことはあって、そういう時は決まって無理をした時で、センサーがちゃんと機能していればそのような状態に至るより前の段階で勝手に目が開く、ようになっています。
たぶんこの「勝手に」といった感覚が大切で、自動運動というか不随意筋的反応というか、意識が介在しない領域の感度の話なのですね、これは。
これはこれで面白いのですが、いちおう目指すところみたいなのを敢えて言えば、「君子危うきに近寄らず」を地でいきたいというもので、君子かどうかはさておき、歩くにしても自然な感覚で道を決めれば勝手に危機から遠ざかれるようになればいいなあ、と。
たとえば歩いて旅に出るようなことがあれば、こういった能力は死活的に重要となってくるでしょう。


話を進めまして…

例年通り、舗装道路から途中で逸れて鬱蒼と竹薮の生い茂る砂利か土の林道(最初の方は道の真ん中だけコンクリートが敷いてあります)に入ります。
雨が少し前に止んでいて空が見えていたので、月の光で林道がわずかに見えていました。
また自分の前後には懐中電灯を持った集団がいたので、それらの光も頼りにしつつ進みました。
この林道の上り坂(帰りの下りでもそうですが)でも実感したのですが、「和歩」はやはり安定感があります。意図せず石ころを踏んで足下が不安定になった時にも、身体全体はあまりぐらつきません。手の振りを使わずに歩行動作のバランスをとるので、もともと足腰で身体全体のバランスをとるようになっているようです。
これに慣れておけば天狗下駄で外を歩けるかな、と(これは書いている今ですが)思いました。
林道を抜けて舗装道に合流すると、もう八幡宮の入り口近くです。

実は新年を迎えたのは林道の途中で、それは前を歩いていた若者の集団が騒いでいたので分かったのですが、つまり門の前には14年内に辿り着けなかったわけですが、まあもう感慨も何もありませんね。
ここ数年はずっと間に合ってないのですが、それより前に門の前で大勢の参拝客と並びながら新年を迎えた時はカウントダウンが自然とわき起こり、笑い声や拍手などでちょっとした一体感が味わえたりもしました。
それを今回も見られたらなあと少し思っていましたが、まあ間に合わなければ、それはそれでかまいません。
そして門の前の警備員の方々を眺め、去年の矢やお守り回収所の売り子(?)さんを眺め(どうも僕は舞台裏を眺めるのが好きなようです)、門をくぐると「矢の願掛けをする舞台」のそばへ行って和楽器の演奏と巫女さんが矢と鈴を手に舞うのを横目にしばらく立ちます。

僕は左右の視力がアンバランスなので(左目が近視、右目が遠視)、焦点の位置が左右で異なります。位置が異なるというのはすなわち左右の焦点が同時に合うことはなくて、それを応用(?)すると、左右の焦点が同じだけズレた所にもってくると左右とも像がぼやけてしかも像が分裂することになります。そういう状態の目で巫女さんの舞を見ていると何かの夢のような幻想的な雰囲気があり、「目に焼き付ければ夢に出てくるかなー」などと思いながらしばらく眺めていました。

その同じ位置に立ちながら、参拝客の観察もします。これも例年通りで、その人の表情や動き、連れや服装など全体的な雰囲気を感じつつ表情に見入ることで「その人になりきる(感情移入する)」という妄想遊びです。何年も同じことをして、去年までは思い付かなかったことがあって、これは『ねじまき鳥クロニクル』(村上春樹)の主人公のようだな、と思ったのでした。ストーリはちょっと忘れましたが、仕事にあぶれた主人公が1週間かそこら東京の繁華街でひたすら人間観察する、といった場面があったように記憶しています。別に小説内に限らず、春樹氏自身も外国旅行(半定住)のエッセイで自分がそのような人間観察をしている内容の記述があります。そういう連想ができれば、自分の妄想もなんだか経路が生まれたというか、自分一人で閉じるものではないような気もしてきます。これはまあ、その人の意識次第ではあります。

人間観察に飽きることはなくて(今年は心的な余裕があったのもあります)、しかし体が寒くなってきたところで再び動き始め、本殿のまわりを順路通りにひとまわりして、お守り売場の近くに居場所を決めて佇み、今度は売り子さんと宮氏さん(というのか、売り子さん達を取り仕切る男の人)を眺めていました。売り子さんは大体が若い女性(年齢制限がどうあるのか分かりませんが、中学生くらいの人もいました)で、少し系統的に眺めていると、誰がバイトで経験がないのか、または何年もやっていて要領が分かっているのか、あるいは参拝客の応対における個性などが分かってきて面白いです。お守りが置かれたカウンターの対面で待機している時と、客と応対している時とで表情がくるりと変わる人と、全く変わらない人がいました。前者の人は営業スマイルの中に素の表情が垣間見えるということかもしれないし、素の表情ではなく「待機中の引き締まった顔」なのかもしれない。あるいは、後者の人は単に愛想がないだけかもしれないし、店頭に立つ間はずっと緊張感を維持できる人なのかもしれないし、肝が据わっている人なのかもしれない。見ている時はそれらのニュアンスまで感じられたのかもしれませんが、今はあまり具体的な印象が残っていません。去年あるいは例年と比べて、と言えるほどちゃんと見てもいないし記憶もありませんが、なんとなくの印象でいえば、今年は経験の浅い人が多かったのか、カウンターの手前と奥とで空気の違いがあまりなかったように思います。神社のお守りの売場ですからそれなりに独特の(神聖な、といえばまあ言い過ぎでしょうが)雰囲気があってもいいのですが、なんだか「一般的なお店」という感じがしました。だから何だという話でもありません。

そしてまた体が冷えてくると、切り上げ時かと思い門を出て、これもいつも通り焚き火にあたります。ここが他の参拝客の雰囲気が一番感じ取れる場所で、別に会話を逐一聴いていたわけでもないですが、しばらくあたっていると隣に数人の女子高生か中学生かがやってきて、足を焚き火の上に出して暖め始めました。一人は靴のまま足を出し、もう一人は靴を脱いで靴下の状態で足を出したのですが、後の子が「ねーねー、足から湯気出てるよ。何でやろ」と言い、連れの子が「それ湯気ちゃうよ、煙やよ。焚き火の煙が移っとんよ」と解説していました。んなアホな。

そして体が暖まってから神社を出ました。去年見つけた「真っ暗闇の道」を今年も通りました。その道は公衆トイレがあって明るい場所のすぐそばから入り口があるのですが、道に明かりがないので本当に真っ暗で、誰も近寄らないところです。そこに踏み入れると、暗闇に目が慣れるまでは本当に真っ暗で、踏みしめる足の感触だけで進んでいく(しかも下りの傾斜がきつい)ちょっとスリルな場所なのです。ゆっくり、ゆっくり下りて、しばらく進むと頭上を覆っていた木々が薄くなる地点があって、その場所からの月が本当に明るく輝いて見えました。半月より少し膨れたくらいだったでしょうか。月にしばらく見とれ、再び道を進み、行きに通ったアスファルトの道(白線で引いた駐車スペースがあるところ)に合流して、あとは行きと同じ道で帰りました。

その帰り道で、林道の途中でコンクリートの敷いてある地点まで戻った時に、コンクリートのぼやけた白っぽい輪郭以外がまっくらな状態を十秒ほど体験しました。それまで後ろにいて懐中電灯で僕よりも先を照らしていた参拝客が僕とは別の道を下っていったので、僕の少し明るさに慣れた目がもとの暗闇にすぐに適応できず、その白の輪郭しか見えない状態がふいに到来したのでした。それが不思議で、下りはメガネをかけていたので焦点が合うはず(とその時は思っていた)が白の輪郭はぼやけっぱなしで、歩みを進めても白の輪郭は全く形を変えないように見えて(進んで大丈夫だ、というのは分かっているのでとりあえず足は動くわけです)、要は目を開けながら進んでいても目に映る景色が全く動かないという体験だったということで、その時に「霊道」という言葉を思い付きました。これもまあ、それだけなのですが。

林道を抜けた後は軽快に歩き、何事もなく家に着きました。そういえば毎年飲んでいた(去年はどうだったかな…)「缶ジュースお汁粉」(屋台でもお汁粉は売っているのですが、なぜかいつも自販機で買っていました)は、今年は飲みませんでした。確かに飲めば温まるのですが、いつも後味に多少の不満があった記憶のためか、あるいは夕食の食い過ぎでこれ以上腹に入れたくないと思ったか、別にそんな大層な話ではないですが下山前に缶お汁粉のことを思い付いた時に「飢餓ベース」という言葉を連想し、まあお汁粉はいらないかと思ったのでした。その言葉には、人類の(文化云々よりもっと昔も含めた)歴史において「食べ物を食べたい時にいつでもありつける時代」よりも「いつも空腹で食べ物にありつける時の方が稀だった時代」の方が圧倒的に長くて、人間の身体の仕組みは有史以前とほとんど変わっていないのだから後者の時代に適応した身体のメカニズムは現代人にも残っているはずだ、といった意味が込められていて、まあつまり缶お汁粉は飲んでも飲まないでもよかったけど飲まなかったというだけの話でした。

そして26時前に家に着き、風呂に入ってすぐに寝ました。

今日になって、足の筋肉痛はそれほどでもなく、身体もまあまあ元気なので「去年よりはやっぱり健康やね」という感じです。
なんだか、どんどん詩的じゃなくなっていくなあ…
(というのは、たとえばおととしの”interlude”の記事を見て頂ければよくわかります。面倒になってきたかな、ははは)

+*+*+*

上を書き上げて、読み返してからサブタイトルをつけてみました。
「女の子」ならなんでもアリだ、というのは今の風潮かな、と思ったりします。
それにのっかったわけではないですが…さてどんな連想が浮かぶでしょうか。
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by chee-choff | 2015-01-01 13:25 | その他
姪と狸と印
2日は兄一家が実家にやってきたので姪(3歳)と遊んだ。
請われるままに、何がなんだか分からぬまま遊ぶのだが、子どもはそれで大喜びなのだからすごい。
キリンさんのぬいぐるみと粘り気のある輪っか(変な想像しないでね)がいくつかあって、彼女は輪投げが好きらしく去年の正月はキリンさんに向かって輪を投げていた。
が、今年はなぜそうなったのか、僕が彼女に輪っかをかけることになって、5つ全部かけると姪は「ゔぁ〜!」と言いながら蛙飛びみたいな(本人に聞くと蛙ではなかったのだが、というか蛙が帰るに聞こえたらしくちょっと不機嫌な顔になったのだが)ジャンプをして輪っかを周囲にばらまくのが楽しいようだった。その時に手を使わずジャンプした時の慣性だけで輪っかを飛ばすのがこだわりらしい。まあ何度もやって取れない時は手を使っていたけど。
で、飽きずにその「カタルシス輪投げ」(僕のネーミングセンスも意味不明だな)を何度もやっていると、僕が彼女に輪っかをかける時にもなんだか嬉しがり始め(一つ輪をかけてあげるたびに奇声を上げていた。ほんとうにパワフルな子だ)、「テレビで表彰台でメダルをかけられる場面でも見たのかな」と思ったけど(という話からわかるように輪投げといいながらものすごく近距離で輪を首にかけていて、まあ投げてはいないわな)、そんなことどうでもよくて、ただただ楽しいという表情をしていたのが良かった。
あとは豚さんのぬいぐるみの上に積み木をどんどん重ねていくという遊びもしていたのだけど、これもいつの間にやら僕と彼女で交互に重ねていくことになり、しかし僕のそばに積み木がなくなった時に、彼女がそれに気付いて「(積み木を)ちょーだいって言って」と言ってきたことにへぇと思った。
というのもそれが最初だけじゃなくて、手を出すだけだとやっぱり「ちょーだいって言って」が出てくるので、なんだか「自分の言葉によって(その言葉通りに)周りが動くこと」に新鮮さを感じているように思えた。
やはり子どもはおもしろいなあ、未知のかたまりだなあと思った。

+*+*+*

変わって3日はJR沿線そばで火災があった影響で、帰りの新幹線が大変だった。
ダイヤが最大4時間遅れという表示があり京都駅の新幹線改札が人でごった返していたけれど、最初から席を諦めている自分には関係なかった。
とはいえのぞみの混雑が凄まじかったので名古屋からこだまで帰ったのだが、やはり列車が詰まっていて信号待ちが多く時間がかかった。
結局14時前に実家を出て寮に戻ったのは22時過ぎ。
…もちろん京都をちょっと歩いてた時間も入ってるんだけど。
毎度お馴染みの鴨川(高野川)沿いと、今回は下鴨神社に寄ってみた。
さすがに参拝客でいっぱいだったのだけど、途中で『有頂天家族』(森見登美彦)のアニメ版のロケ地巡礼を思い付き、神社の最初の門を入らず右に逸れると人並みがぷつりと途絶えた。
なるほど、ちゃんと人と狸の棲み分けが為されているわけだ。
アニメの場面の細かい部分まで特定できたかなと思ったのは、蛙から戻れなくなる前の矢二郎が総一郎の死に腑抜けて橋から川に突き落とされてもそのまま流れていったあの川で、実際は橋自体が人の足で2歩くらいの小さな所だったのだけど、「そうか、あれは狸スケールか」ということで納得。

+*+*+*

そんなこんなで戻ってきて、最後にこれは書いておくべきかと思うことを書いて締める。
今の気持ちとして、次の年末は帰省しないでおこうかと思う。
去年も同じことを思ったが、心の中に留めておいていた。
けれど、そうして内に溜めたことがどこか、去年の会社での人間関係のいざこざに影響を与えていた。
内に溜めてなんとかなると思ったのは、精神的なある一面で僕自身はタフだと思っていたからなのだが、実はタフなんかではなく、ふつうどころかとても脆いということが分かった。
同じ所で育てられてこれだけ違う人ができるというところ、僕と兄は気質が全く異なるのだなと改めて思った。
それはさておき、僕は活力をもって生きたいと思うし、言葉を大切にして生きたい。
だから、言葉の力を、その力に対する信頼をないがしろにし、活力そして生命力を削ぐ場所に自分から出向きたくはない。
「過去はあるものとして考える」と前記事に書いたが、僕がこれからどう生きるにせよ、僕が今まで生活してきた場所の「生のあり方」は僕に深く刻まれている。
それとどう向き合うかは、僕の一生の課題となるだろう。
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by chee-choff | 2014-01-04 00:39 | その他
interlude ~「16歳の佐伯さん」~
今年の八幡さん


23:10に家を出る。
時間がない、と言いながら例年より早い出発だった。
近畿は北部は雪とのことだが、内陸たるここ大阪-京都の府境は快晴。
出る前は「雲がないと(空模様が)面白くない」と父に言いながら、覆うもののない空はやはり清々しい。
月の光で空気が満たされ、特別な夜を思わせる。
しかし軽快に歩き始めると、身体は何も考えなくなる。
いつもの年末、「いつもの特別」。
それは特別ではない。

今年は歩きやすい革靴だった。
踵からつま先までバランス良くクッションが効いており、一歩を踏み出せば自然に足が回る。
ズボンが薄くて寒くないかと心配したが、すぐにポカポカしてくる。
身体が喜んでいるのがわかる。
 底の固い革靴はアスファルトを歩くと「コツコツ」と音を立てる。
 音の響きを確かめ、リズムに乗ってくると、歩きの記憶が呼び起こされる。
 社会人としての日常、駅前の大通りを歩くリズム、寮近くの住宅街を歩くリズム。
 京都と神奈川が地続きで繋がっていることを想像する。
 地続きなのは紛れもない事実だが、それとは関係のない空想。
 つまり、今京都を革靴で歩く音は、神奈川の大地にリズムとして伝わっている。
 八幡さんへ向かって歩く自分のリズムが、厚木の夜の住宅街を歩く自分と同調している。
 歩くことは、記憶なのだ。
 今歩く自分が、かつて歩いた自分を呼び覚まし、混ざり合い、記憶の一部となってゆく。
 意識下にすら遠い過去の自分が現れるのならば、潜在意識で律動する「歩きの記憶」は誰のものか?

いつもと同じ道を歩き、坂を上る。
去年はなかったところにツタヤが建っていた。
が、それ以外に大きな変化はない。
 新築の家がいくらか増えたかもしれない。
 機能的なコンクリート塀で囲われた新しい家。
 無慈悲に屹立する壁は不審者を寄せ付けない機能をしっかり果たしている。
 一方で、開放的に見える生垣は隙間が多く、手入れがなされている形跡がない。
 家の主が頓着しないのか、そもそも人家ですらないのか。
整然と区画がなされた住宅街の、個々の家は個性を遺憾なく発揮して雑然としている。
そこに借景という発想はない。
 これは所有の権利を追求した一つの結果だ。
 所有の意識は、「自分のものか、そうでないものか」という目線をあらゆるものに向ける。
 曖昧さは排除され、所有権の及ばないものの存在が見えなくなる。
 そこに節度が必要というのは、所有意識の追求は必ず途中で行き詰るからだ。
 土地を買った。家を自分で建てた。では家の前の通りは? 最寄駅までの道は?
 自分の家を借景に組み込む発想は、所有を占有という極端から遠ざけることができる。
 景色を借りることは、お金を借りることとは違う。

家を出た時間のせいか、単に寒いからか、道すがら参詣客に会うことが少ない。
住宅街の奥へ抜け、八幡さんに通じる山道に入る。
月の光が竹薮の隙間を抜けて地面を照らす。
危なくはないが、一歩ごとに確かめるように踏み進める。
後ろから若いグループの笑い声と、左右に揺れる懐中電灯の光がやってくる。
先に行ってもらおうかと思い、脇道に逸れる。
逸れた先には小さな畑と納屋があり、空が円形に開かれていた。
名前の知らない数々の星座が夜空を構成している。
星の瞬きは大気の揺らぎ。
顔を真上に向けながらしばらくの間、天然プラネタリウムを堪能する。

我に返り、時刻を確認して、再び登り始める。
段差のあるポイントは身体が覚えていた。
月を見上げつ青白く照らされた竹肌を左右に眺めつ歩いていたが、躓くことはなかった。
山道を抜け舗装道に合流し、駐車場を抜け、八幡宮の敷地に到着する。
休憩所の時計を見ると、新年となる1分前だった。
そのまま参拝客の列に並び、わずかなカウントダウンの声を聞いた。


人の列の歩みが止められる。
境内の門前で警備員が誘導灯を掲げ、入場制限をかけている。
参拝客は若者が多いが、警備員の脇をすり抜ける者はいない。
けたたましく笑う声が聞こえるが、あまり不快感はない。
そういえば、この身体も触れ合うほどの混雑の中で落ち着いている自分がいる。
 人混みが嫌いで、たまに乗る満員でもない電車内ですら居心地の悪さを感じる自分が。
 周囲への気配りに欠ける騒がしさに、気が滅入らずにはいられない自分が。
そうか、正月だからか。
警戒感がない。良い意味で緊張感がない。
無防備で無邪気で、そしてみんな、どこか落ち着いている。
もしかすると、この騒がしさ自体は日常のそれと変わらないかもしれない。
それを感じる僕だけでなく、ここにいる人みんなの心の底に、落ち着きがある。
これはいい、と思った。
この落ち着きの感覚を忘れずにいたい。
やかましさ、騒々しさに隠れた、静かな心を。
波立つ水面に目を凝らせば、水底でたゆたう海月がすまし顔をしている。

これも例年通り、境内に入ってからは賽銭箱に並ぶ列から逸れて、目立たない暗がりにひっそりと立つ。
すぐ横の小さな座敷舞台(とりあえずそう呼んでおく)で、横笛と太鼓に合わせて4人の巫女が舞をしている。
その両手には鈴をつけた棒と矢があるが、矢は舞台前の通路で参拝客から先に受け取っていたものだ。
舞が終わり、祈りを捧げ、巫女は参拝客に矢を手渡す。
舞の空間で、巫女を媒介して矢に霊気が宿る。

参拝客の表情をしばらく眺めてから、本殿の周りを順路に従って歩き、お守りの販売所まで行く。
途中で八幡さんに寄贈された灯篭がずらりと並んでいて、引き寄せられるように近づく。
その一つひとつの作りが異なっていて、興味深い。
多くの灯篭に「永代○○○」(忘れた。ずっと灯を絶やさずという意味の語だったと思う)と彫ってある。
そして「石清水八幡宮」と。
「石」の書き方の違いが恐らくは作られた時代の違いを表している。
中に一つだけ、「天壌無窮」と彫られたものがあった。
(壌とは土のことで、窮は極のことらしいが、後者の意味は「貧窮」に近い)
 「無」の点4つのうち、中2つが真下に伸びている。
 「はらい」と違い、「点」の止め部分の彫りは丸みを帯びている。
石を穿って文字を彫る時に使われた道具のことを想像する。

お守りの販売所で、参拝客に面して並ぶ巫女とそれを監督する長を観察する。
 もちろんのことだが、参拝客と神社の関係者は同じ場にいても表情が異なる。
 神社の面々は無防備な顔をしていない。
 いないがしかし、緩んだ表情の参拝客に相対する巫女は、土産物屋の販売員と同じ顔をしてはいない。
 周りに気を配りつつ、無邪気に和みきった参拝客の雰囲気に同調させてもいる。
 客がお守りを見ているだけの時と、客に話しかけられている時の巫女の表情の変化に見入ってしまう。
 冷たい顔と温かい顔がころころと入れ替わる。
 二つの表情はかけ離れ、そのつなぎ目が見出せないにも関わらず、そこにはなめらかな変化がある。
6人ほどが並ぶ中に、頭一つ抜き出た背の高い巫女がいた。
髪を後ろで束ねてすっきりとした首筋を覗かせながら、凛とした佇まいで参拝客の応対をしている。
その表情の、なめらかな不連続とでも言えそうな不思議な変化に見とれていて、なにかが繋がる。
頭の中を流れる音楽が変わる。
ああ、彼女は「16歳の佐伯さん」だ。
もっぱら内なる想像の産物に違いはないのだが、小さな感動が訪れる。
 「佐伯さん」は『海辺のカフカ』(村上春樹)に出てくる、私設図書館の館長さんだ。
 50歳を過ぎている妙齢の淑女だが、カフカ少年は16歳の彼女と、夢と現実のあわいで邂逅する。
 作品中の細かい人物描写はここでは書けないが、僕の中の彼女のイメージは「透明な人」だ。
その顔を目に焼き付けようと思うが、おそらくそれは叶わない。
現実のやりとりと関わりとがなければ、顔も姿もディテールは容易に抜け落ちる。
だから、その表情の変化を心に染み込ませようと試みる。
経験そのものではなく、その経験の不思議さを記憶に留める。
それは可能なことなのだろうか。


体が冷えてきたところで、境内を出たところでやっている焚き火にあたる。
炎が繰り出すエネルギィをその身に受けながら、去年やっていたことを同じように試してみる。
眼鏡を外し、左目で炎をしばらく見つめ、そして右目で炎をしばらく見つめる。
左目はぼやけているが、視覚と肌感覚は正常に連関している。
右目の方が炎の猛り方が繊細に視認できるが、その像は肌感覚から乖離しているように思われる。
 少しは成長したのだろうか。
 左目の衰えと右目の成長は、何かを求めているのだろうか。
 双方の変化は歩み寄りなのか、ひとつの平衡へ向かっているのか。
 矛盾を生きるという決意は、その平衡をより複雑にするのだろうか。
すぐ隣に女子中学生らしきグループがいて、そのうちの一人がくるくると回転していた。
「こうしたら体ぜんぶあったかいで!ほらほら!」
賢いな、君は。

十分温まったところで移動し、休憩所前の自販機で缶お汁粉を買い、冷める前に飲む。
(手で缶の温もりを味わい過ぎるとその後の喉の満足が得られない経験も覚えていた)
外灯に照らされた時計は1時を指している。
こんなものかなと思い、下山を始める。

行きと同じく山道を通り、住宅街に戻ってからは別の道を選ぶ。
市民プールの横を下り、そのまま大通りを横切って、高台の際をはしるかつての「裏」通学路を歩く。
ひらけたところからは通っていた中学校が見え、遠くにはくずはタワーシティがそびえ立っている。
昔はあれがまるごと無かった、と言えばそれは確かなのだが、その映像記憶はない。
強いて取り出すほどのものでもないのだろう、今は。
「地元の感じ」について、所々懐かしい家々を見渡しながら考え、しかし終始軽快な歩みにて家路につく。
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by chee-choff | 2013-01-01 17:41 | その他
「どっから来はったん?」
今日び,アクセス解析とやらでいろいろわかるんですねえ.

掘り下げればキリがなさそうだけれど,
「そんなん分かってどうすんねん」くらいの認識が落ち着いてられそう.
キリがない,と言ったのは例えば「HPアクセス数アップの鉄則!」とかそんなん.

d0044938_234653.png

これは本ブログ訪問者の居住区の分布.

自分の閲覧も含まれてるので神奈川の濃さは誇張があるとして
(と書いててIP除外を指定できるのを発見したので今日から自分は除いとこう),
地元の大阪はやっぱり多いね(ブログを始めたのは阪大1回生の時).
西の薄い分布は恐らく大阪から散らばった知人らだろうし
(院の2年間住んでた京都がまっしろけなのは交友関係を全く広げず引き蘢ってたいい証拠),
一方で東の神奈川周辺の薄い分布は前者プラス「地域つながりの未知の方々」だろうか.

何が分かるわけでもないけど,こうして眺めると「へぇ」って感じですねえ.
旅行好きで地域ネタをよく記事に書く人とかだったらこういうの使えそうね.
僕の場合は脳内旅行だからなあ…
また余計なことを..

まあ内容的に読み手のことを考えて書いているとは言い難いですが,
いつも来て下さってる方々,あるいはたまたま見つけてくだすって
「なんかめっちゃめんどそうなブログやな…」と思われてる方々へ,
面倒さが今後改善される予定はありませんが,むしろ方向性は逆で
「面倒な話もじっさいそんなに面倒やあらへんね」と思えるような
話をこの先綴りたいとは思っているので,今後ともどうぞよしなに.
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by chee-choff | 2011-08-31 23:19 | その他
「読書同盟」結成☆
『キュレーションの時代』でビオドープ云々とか言われてブログをいじりたくなったので,
忍者HPでNinjaツールを眺めていたら面白そうなものがあった.

忍者サイトマスターHP

mixiのコミュみたいなもんだと思うけれど,
同盟という言葉に惹かれてよくわからないまま始めてしまった.
んでその同盟で読書に関係するものが一つもなかったので,
ちゃちゃっと適当に作ってみました.

「読書を通じて思考を楽しむ」同盟

人を集めて何をしようというのでなく,
というか「一人で考えよう」と思う人が集まるというのは何か矛盾していて,
でもそれが「集まっても多数派にならないマイノリティ」みたいな,
ああそうだ,『熱帯』(森見登美彦)にでてくる「沈黙読書会」のようなイメージかしら.
「一人でいるけど独りじゃない」という.
そういう分かりにくさを求める人もいるはずなんだ…

と,ほんとテキトーなことばっか言ってますが,
「同盟シール」(↓)とかなんかカッコイイじゃないスか,はは.

気が向けば参加してみて下さい.
何もしないけど.


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by chee-choff | 2011-07-30 23:21 | その他
卒業アルバム
高校の卒業アルバムを眺める。
主に人を見るのだけれど、思い出されるのは出来事ではなく、その人の「人となり」。
想起されるのは記憶というより印象。
それを呼び起こすというより「再構成」する。

顔も変わったなー、と思った。
何の顔かといえば、脳内に格納されていた人々の顔。
アルバムを見返したのは恐らく3年以上ぶりと思われるが、
見ない間にずいぶん変わったもんだ。

いや、紙の上は変わるはずがなく、久しぶりに眺めて発見があることを言っているのだが。
その変わり方から自分の心象について気付かされることもあり、興味深い。
過去は変わるという認識の、いかに強力なことか。
…「過去の時を止める」願望は「現在の時を止める」それとさほど違わないのではないか。

もう「思い出」といえる大層なものは深く沈んでいってしまったらしい。
ばったり当時の友人に会っても、自分から「あんなことあったね」と言える自信がない。
それをそれだけ「今を生きている」ということであり、
「過去が今を基準に、今と分離せず生かされている」と言うことも可能だ。


会いたい人はたくさんいる。
話すことがなくとも、勝手に出てくるだろうから。
そんなあいつも、あいつと一緒にいる自分も含めて、
つまり「共にいる場」を信頼できる、そういう場を形成できる人たちだから。


会いたい人はたくさんいる。
でも、やはり気付いてしまう。
「会いたくないけれど会いたい人」が一人だけいる。
相変わらずだと思う。

どっちなんだろう。
いや、決してどちらかに落ち着けさせられない。
それはもう諦めている。
それを諦めるとはすなわち、「ずっといる」ということ(どこに?)。

その人がどうあってほしい、というのは、ない。
その正直な思いが、「会いたくない」を構成する。
では一方で、「会いたい」を構成するものは何か?
たぶん、その人が僕にとって、「その人の前では一番正直になれない人」だからだ。

なるほど、実に正直だ。
「考えることに没頭しつつも飽いている」というアンビバレント。
引き裂かれていること。
その人は…

その人はきっと、「身体の人」だった。
そして驚くほど頭の回る人でもあった。
それが,「身体」であり同時に「頭」でもある表情に、正直に表れていた。
「とても表情では表せない」という表情。

それを当世風の「奥ゆかしさ」だと思った。


昔の自分はそんなこと考えてすらいない、
とは断定できなくなってしまった今日この頃。
それを考えるだけの素材を当時から培っていたことは確か。
ならば、断定する必要もないじゃないか。

…昔のことを考えながら標準語で書くと気持ち悪くなるな。
関西弁が文語として使いにくいのは明らかだが(その点川上未映子は凄い…読んでないけど)、
それとは別に、自分はやはり関西人なのだなと思う。
ま、えーか。


帰神します(注:神戸ではない)。
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by chee-choff | 2011-07-29 15:41 | その他