深爪エリマキトカゲ
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カテゴリ:(T-T)( 7 )
今年もどうやら「粋・のび太」
まだちょっとしんどいけど、そろそろ終息宣言してもよいかと思う。
花粉の話。

先週末から症状が和らぎ始め、会社で花粉メガネをかけずとも仕事ができるようになった。
まだ会社ではマスク、家では花粉サングラスを使用しているが、もう辛くはない。
一日に鼻をかむ回数も一桁台だし、目ヤニは朝と晩に顔を洗う時だけ取って十分である。
これが最盛期は、ティッシュ箱が仕事中も手放せず、一日中異物と目ヤニで目に涙を湛えていた。

しかし、今年は例年の5〜7倍と聞いていたほど酷かった印象はない。
時期になる前から恐れて早めに薬を飲み始めたのが良かったのかもしれない。
という解釈が妥当だけれど、自分としては「生活のやりくり」のおかげかなと思ってみたい。
それは広い話でもあるのだけど、まずは花粉症との付き合いに限った話をしよう。

いつから始めたかもう記憶が曖昧だが、毎週土日は散歩をしている。
土曜は駅前まで往復(90分くらい)、日曜は寮の近所をてくてく歩く。
その日曜のコースを、今年から長くした。
川沿いを歩いて、途中で車通りを横切って林道を上り、住宅街に抜けてスーパに寄って帰る。

だいたい2時間はかかるのだが、この日曜コースを歩かなかったのは実はこの時期1回だけだった。
花粉症の症状が出ている時も、歩き始めると症状が和らぐことが分かったからだ。
その時は家に帰ってから、待っていたかのように目と鼻に同時にくるのだけど、
それもどうも散歩中に蓄積されたというより自分の身体の状態の変化に因るものかと思える。

同じことは土曜にブックオフで立ち読みしてた時にも感じていた。
目がグジグジでもマンガを読み始めて集中すると、いつの間にか目の違和感が薄れているのだ。
あるいは仕事中の日中よりも帰宅してからの夜の方が辛かったのも同じことだろう。
要は「病は気から」で、緊張しているほど症状が抑制されるのではないか。

そういった「症状の強弱と自分の身体(精神)状態の相関」をとろうという実験的な心持ちも、
実は症状の緩和に寄与していたかもしれない。
これが人間の面白いところで、人間に対する観察はその観察そのものによって対象が変化する。
測定のための微弱なエネルギー照射で系が影響を受けてしまう量子力学がそのメタファーである。


花粉症の時期は仕事も生活も全てが受け身になってしまうことは発症した時から分かっていた。
最初の頃はその受動性を「諦め」に近い形で発揮していたが、それもだんだん変わってきた。
去年は花粉症という苦しい状況を前提に「今でこそ考えられること」を考えようとしていたらしく、
去年の3月初旬に作られたカテゴリ「(T-T)」を読み返してみて壮絶だなと思った。

今年はどうだったかといえば、花粉症の苦しみを前提とするところは同じで、
そのうえで快適な生活をつくろうという方向に創造性が向いていた。
それを言葉としてアウトプットする意思はほとんど湧いてこなかった。
きっと「生活をつくる」ことを非言語的、感覚的にやろうとしていたのだと思う。

その一例が上で書いた「症状と自己との相関実験」なのだけど、
これが成果を挙げることよりも実験そのものに対する興味深さがあったように思う。
言い換えれば「現状が実験に組み込まれる」ことを楽しんでいた。
そしてそれが計画的でなく思いつきで行われ、言葉通り受動的に行われることを。

そういえばこの受動性について、最近いくつかの示唆を受けた。
自分の身体は発祥として自分のものではない(元になったのは両親だがそのさらに元は…)という話。
あるいは、異物が侵入して初めて自己が参照される(TcRだったかな)という免疫の話。
考えれば考えるほど、能動性は受動性に包含されているという確信が深まる。

もちろんこれは抽象性の高い話で、日常の具体的な行動と直接結び付けることはできない。
できないが、常に念頭に置きながら人と接していきたいとは思う。
村上春樹氏の小説に導いてくれた内田樹氏に改めて感謝しておくが、
「全てはメタファーである」というカフカ少年(@海辺のカフカ)の認識は僕の深くに根を下ろした。

少し話が飛んでいるかもしれないが、あるものを別のもののメタファーと見ることは、
その両者になにか抽象的な繋がりを見つけることなのである。
そしてその繋がりが形成される瞬間の、脳の躍動感。
いや、潜在的に繋がっていたリンクを脳が意識した瞬間、と言った方がよいか。


話がズレた。
花粉症の話をしていて、今年は時期中にあまり何かを書こうと思わなかったことを書きたかった。
今日書こうと思ったのは区切りをつけておこうという思いだけによる。
表立ってはそれ以外に意味はない。

年度末は、別れの時期。
気が向けば、何か書きましょう。
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by chee-choff | 2013-03-23 01:32 | (T-T)
まちびと わたし
待つ(T-T)
高ぇ(T-T)
美味ぇ(T-T)

+*+(仕切り直し)*+*

待つ(T-T)
何を待っているわけでもない(T-T)
到来を予感するわけでもない(T-T)
それでも待つ(T-T)

何かを期待して待つ(T-T)
思った通りのものがやってくるのを待つ(T-T)
やってきたやっときたやれうれしや(T-T)
そこに時間はあるか(T-T)

来るものも知らず来るとも知らず待つことができるか(T-T)
それは待つと思わずに待つことかもしれない(T-T)
あとから振り返り何かを待っていたと想像してみてはじめて意識するように待つ(T-T)
そこに時間はあるか(T-T)

+*+*+*

アスパラの数だけ強くなれるよ(T-T)
風に揺れているつくしのように(T-T)
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フードワン通いの君なら分かるはずだ(T-T)
ここで一句(T-T)

 きのうパラ きょうパラあすパラ あさってパ

字余りでないと思いきや字余り(T-T)
小学生か(T-T)
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by chee-choff | 2012-03-14 00:20 | (T-T)
食べず食わず
生きるエネルギを得るための摂取を食うという(T-T)
他者と同じものを分かち合うための摂取を食べるという(T-T)
孤食とは食べるが失われ食うに特化した摂取だ(T-T)
では孤食に過食や拒食が伴ったものを何と呼ぶか(T-T)

惰性は慣性に含まれる(T-T)
意思を伴う慣性はあり得る(T-T)
自覚のない慣性が通常惰性と呼ばれる(T-T)
では周囲の強制という迂回的な意思を伴った惰性を何と呼ぶか(T-T)

+*+*+*

花粉症のせいで寝付きが悪い(T-T)
だがもっと問題なのは寝ても体力が回復しないこと(T-T)
日に日に疲労が蓄積されていることを実感している(T-T)
倒れるまで続けるしかないか(T-T)

ある苦痛を受け入れると総体として受け身になる(T-T)
受動と能動を使い分けるのは脳のご都合主義でしかない(T-T)
状況に適う振る舞いとして身体に従う選択は間違っていない(T-T)
だが社会人である以上どこかで脳の制御を挟まねばならない(T-T)

ちょうどよいところに週末が(T-T)
週末思想とは神は財布に宿ることをいう(T-T)
もう何が何だか(T-T)
久しぶりに酒を入れたのでおとなしくダウンします(T-T)
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by chee-choff | 2012-03-10 00:28 | (T-T)
忘れてから思い出る
歳をとるほど昔の時間は短くなる(T-T)
現自分が把握できる時間は年齢を問わず一定だから(T-T)
歳をとるほど過去に拘らなくなるのは自然体に従った結果だ(T-T)
そういう未来の自分を思う時今の自分は彼のためにどう生きるか(T-T)

痴呆とまで言わずともボケは老人にとって悪友のようなもの(T-T)
あまり付き合いたくはないが付き合わざるをえないそして友と呼びたくはない他者(T-T)
その彼といい付き合い方をすることが歳をとってからの佇まいを決めるかもしれない(T-T)
果して彼と意識によって仲良くなれるのか(T-T)

終わりよければ全てよし(T-T)
これを身近な終わりから最終的な終わりまで幅広く使える格言と確言してよいものか(T-T)
終わりによしと決めるのは誰か(T-T)
終わりよければと呟く今の自分でないことは間違いない(T-T)

効率化とは未来を現在に引き寄せることだ(T-T)
誤解なく言い直せば未来を現在とみなすことだ(T-T)
効率化によって年老いた自分を今の自分が評価できるだろうか(T-T)
それが無理だということは効率化のいう未来が脳内にしかないということ(T-T)

+*+*+*

忘れたことしか思い出にならない(T-T)
思い出をずっと噛み締め続けることそのことが思い出を思い出でなくする(T-T)
忘れることは変化である(T-T)
変わり続ける変化が変遷となれば一回り上から似た景色を眺めることになる(T-T)

思い出は思い出すたびにその姿を変える(T-T)
感慨深いのは同じ思い出という認識をずらす印象の変化だろう(T-T)
同じ思い出と思う意識を作り出す身体は変わり続けている(T-T)
自分は身体であると脳が諦めた時に思い出は輝き始める(T-T)

+*+*+*

猫も杓子もヒゲ定規(T-T)
もう何が何だか(T-T)
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by chee-choff | 2012-03-09 00:00 | (T-T)
語り得ないことを語る語り口
語られないことで伝わることがあった(T-T)
だが語りが精緻になるにつれ語られなかったことが語られ始めた(T-T)
語られることで伝わらなくなることも語られ始めた(T-T)
ではその動きに反発してあくまで語らなければよいのか(T-T)

一度語られ始めたら語るのを止めてはいけない(T-T)
確実を語ることと確実に語らないことはどちらも確実を求める点で同じである(T-T)
確実とは固定であり不変であり無時間である(T-T)
無時間モデルの構築は機械に打ち込めばよい(T-T)

語られないことで伝わったことを語ることで伝えるためにはどうすればよいか(T-T)
語られないことを語る方法に目を向けてみよう(T-T)
語られないことを語れないとそのまま語ることでは伝わらない(T-T)
託すべきは語られない内容ではなく語られない語りの語り口である(T-T)

+*+*+*

涙無しに生きられないとはある面で必死に生活することだ(T-T)
その必死さは他の多くのことをなおざりにすることもある(T-T)
そこでなおざりにすることで新たに生まれるものを考えた(T-T)
正確な筆致を目指す姿勢に対するなおざりを肯定してみる(T-T)

加えて毎日併読している本の内容を意識した文章を目指す(T-T)
その内容そのものでなくニュアンスが含まれるような関係(T-T)
後から自分で読み返してその日に読んだ本が思い出せるか(T-T)
思い出せても思い出せなくても各々から引き出せればよい(T-T)

+*+*+*

字数にこだわると面白いことがある(T-T)
すぐ上で実践したことなのだが数合わせのための余計な手が入ることになる(T-T)
その余計とは表現や語尾の修正とか目的語や修飾語の省略などのことだ(T-T)
これを余計と呼ばせるのは正確に書こうとしていた本来の書き手の意思に因る(T-T)
これが余計でなくなるのは泣く泣く変更を余儀なくされた文章が想定外の効果を生む時だ(T-T)
その判断は一文あるいは一節を書いて読み返す時に為されるべきものである(T-T)
そして読み返す時の書き手は書いている時の書き手にとっては他者となる(T-T)

本ブログ記事の多くは未来の自分という他者に宛てて書かれている(T-T)
それがこの書き方によって書いている途中に未来の他者が表れることになる(T-T)
これはなかなか面白い(T-T)
文責のかけらもないな(T-T)
もう何が何だか(T-T)

今更だけどこれ↑を期間中の決め台詞にします(T-T)
さて語り手は一体何人いるのでしょうか(T-T)
そして誰がその判断を下すのでしょうか(T-T)
これがホントのミステラー(miss teller)なんちて(T-T)
ちょっと苦しいか(T-T)

もう何が何だか(T-T)
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by chee-choff | 2012-03-07 23:46 | (T-T)
ルーティン確保は生の営み
当たり前を当たり前と思って丁寧に形作る(T-T)
当たり前を前提にすべきではない(T-T)
全ては当たり前から始まるが実は当たり前の維持には努力が必要である(T-T)
その努力は意識せず為されているが前提にしてしまうと努力をしなくなる(T-T)

努力は才能のうちと言われるが必要最低限の努力は誰もがしている(T-T)
必要という言葉があまりにも軽く使われているせいで努力が肩肘はって聞こえてしまう(T-T)
今必要と言われているものの9割以上は必要でない(T-T)
必要が本来の意味を取り戻した時努力する自分に向き合えるだろう(T-T)

+*+*+*

頭の中は相変わらず雑然としているがどうも部屋がすっきりし過ぎているらしい(T-T)
前に訪れた「対談部屋」がまさに対談ちっくでそしてまさに僕は対談をしていた(T-T)
言われるまで気付かなかったがそのままその通りの場と空気と二人であった(T-T)
居心地が抜群に良かったのだがいくつかある理由の一つは脳内にいたからだ(T-T)

整然に雑然を少しずつ紛れ込ませていこう(T-T)
日常を構成する層を増やす(T-T)
層の厚さも大事だが数を増やして行き来できるようにもしたい(T-T)
個々の層の厚みは層間の遷移を重ねることで充実していくだろう(T-T)

+*+*+*

句点二つ「..」で変換したらすぐに泣ける「(T-T)」ようにしてみた(T-T)
(ダメだ,括弧で括ると(ry )
とても便利だ(T-T)
そして垂れ流す文章の質が変になった気がする(T-T)

もう何が何だか(T-T)
あ,今日は花粉マシでしたよ(T-T)
でも昼から晴れて気温上がったから明日が怖いね(T-T)
この調子でずんずんテンション下げていこう(T-T)
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by chee-choff | 2012-03-06 22:51 | (T-T)
Pollen Shower
この時期の風呂場ほど恐ろしい場所もなくて…
というのはいくら部屋を閉め切っていても風呂場を使えば換気扇は回さざるを得ず,
すれば風呂場は花粉で充満するわけで,
つまりシャワーと一緒に花粉も全身に浴びるわけで,
「まさに"花粉浴"」とかもう言うだけで身の毛もよだつ,

そろそろ「目ヤニで起床時に目が開かない」時期にきているようです.
果して会社に行けるのか…?
去年どうしてたんだろ,記憶がない.
とりあえずいつもぎりぎりなので目覚まし10分早くしとこ.
更衣室で始業チャイムを聞く現状を鑑みるに(いやダメなんですけどね)正しい措置に思われる.

という話をしたら遅刻予備軍「四天王」の話もしたくなってきたが…
要するに自分と同類が同期に3人いて,なぜか3人から自分がボスと目されているという
これは名誉なのか不名誉なのか.

うん,涙無しには語れないね…
というかこれは内容に関係なくこの時期限定で真であって
つまり「涙無しには生きられない」に包含されているという事実.
もう何が何だか(T-T)

そうだ,この時期に書く文章の句点を全部「(T-T)」にしてやろう(T-T)
(ダメだ,カッコで括ると顔文字として吸収されてしまうww)
おお,これこそ「涙無しには語れない」の実践(T-T)
もう何が何だか(T-T)

シャワー浴びよう(T-T)
そして寝よう(T-T)
明日起きれるかな(T-T)
もう何が何だか(T-T)
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by chee-choff | 2012-03-04 23:58 | (T-T)