深爪エリマキトカゲ
cheechoff.exblog.jp
Top
2009年 01月 12日 ( 1 )
Totem oh, subby.
さーぶいっす。

京都の冬は寒いスね。

大阪と同じノリでは越せ切れんかもしらん。

ハロゲン1つでどこまでいけるか。

つか今日雪っすよ!


+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*


一日数冊の併読に慣れてきていたが、

昨日は久しぶりに一気読みで森博嗣『数奇にして模型』を読了。

計10時間ちょい。

Fに次ぐ良作と感じた。

というのも、今作はサブキャラの知的活躍がめざましかったように思う。

→大御坊氏、国枝助手etc.

大御坊氏の絵は最後まで定まらなかった。。

(関係ない言葉面の連想だけど、大御坊→鶏牛蒡になぜか笑えた)

 型(Model)とは、形が成るまで(形成)のプロセスの継承。

成程。 


+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*


読み終えたのが今日の3時(昨日夜中27時)で、

今日一日外に出なかったから寝る前に外気を吸おうと玄関を出ると、

雪がしんしんと。

雪が「生」に思われるほど街は「静」。

「死」という感性的なものでなく。


逸れた。

雪はテンションが上がるもので。

というのも

「せっかくこんなに寒いんだからもったいぶらずに雪降れよ」

と思うから。


というのは単に(勿論個人的に)理解しやすい連想なだけであって、

ではなぜ雪でテンションが上がるのか。

感情的な理由と、生活観に寄り添った現実的な理由がある。

…考えてみよう。


+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*


なぜこんなことを言い出したか。

(もといなぜこんな「思考提示」を言い出したか。)

犀川シリーズに限らず小説ならよく出てくる場面、

数ページ(もしくは数十ページ)にわたり主体の思考が綴られた後に

「…という一瞬の思考が彼によぎった」といった描写。

いや一瞬なわけあるかと初めは思っていたが、

どうやらそうでもないような気がしてきた。

思考は一瞬なのだけど、

それを言語化するには膨大な記号情報が必要なのだ。

いくつかの情景が脳裏にフラッシュバックしただけでも

順序立てが必要な文章に起こすには労を要するという、

(動画>)画像>文章という情報量の違いもその大きな要因なのだけれど、

それだけではない。

脳みそスゲェ。


+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*


最近ブログの記事が備忘録みたいになってきた。

未完結にも程がある。

とても人に読ませるものではないなぁと意識はしつつ、

まぁ意識してればいいかと…

違う違う、どのような思考の切れ端でも、

ビビッと読み手のインスピレーションを刺激することはある。

その表現が短いほど核心を衝く時の衝撃は大きなもので、

(ここでいう核心は例えば、読み手のタイムリーな思考とのリンクなど)

変なこと言うと期待値は等しいけれどより可能性は低く

しかしアタリはより大きくという宝くじ的発想ではありながら、

その宝くじや競馬その他賭博のように胴元の懐が常にぬくぬくといった

出来レースを期待するものでは全くなく、

還元率100%の勝負師にとっても優しい正に「真剣勝負」なのである。



つまりまとめれば、

「想定する被インスピ人間は少なくとも境遇の異なる他者ではなく

つまり未来の自分を想定しているからして、というわけで

それでもやっぱり備忘録」ということ。

なんだこりゃm(_ _)m




なんだこりゃ。

書いてる言葉尻から新たな連想が生まれるのはまぁ楽しいとして、

それにホイホイついて行って連想表現を繰り返すとあらまぁなんと

本人にも理解しかねる支離滅裂の文字の羅列が我が背後にびっしり。

そういった無秩序志向の芸術もあるが、別に芸術性は求めてない。

あえて修正しないで後で読み返して悶絶する自分が何ともm(ry

あれなんかデジャブ。


+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*


やっと本題。

雪でテンション高いのでかふぇーまでいってきます☆

もう行きつけと言って差し支えなかろう「Veloce」へ。

ちゃんと数えてて昨年10月から行き始めて今日で16回目。

行きつけのカフェが徒歩50分というのは少々考える余地がありそうだが、

「考える余地」の補集合は「考えない余地」である。


「補集合」って日常会話で使えるようになりたい


いってきまーす
[PR]
by chee-choff | 2009-01-12 12:10 | 妄想