深爪エリマキトカゲ
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◆ 『科学哲学のすすめ』 高橋昌一郎
というわけで書評小出し第一弾。書いたのは今年の2月さいしょ。

 吹田図書館の哲学の棚を見つけて(何度か棚を見たことがあったがそれが哲学本の棚であることをあまり意識していなかった)ふと目に留まった一冊。哲学と聞くと科学と相反するという印象を持っており、それらが一つのタイトルにおさまっていることに興味を持って手に取った。




 哲学とはあらゆる分野から生じる問題であり、特に科学から生じる問題を扱うのが科学哲学である…文字面を追うとそういう定義となる。
 本文の書き出しで文学界での科学の誤認を指摘しており、科学礼讃本なのかと思ってかかって読んでいたが、そうではなかった。数式や理論で厳密に構成されている科学の普遍的価値を前提とする科学者集団の裏(か表かは知らないが)で、科学哲学は進歩を遂げてきた。特にトーマス・クーンとファイヤアーベントは科学の「相対主義」を掲げ、科学知識は進歩するたびに真理に近づくのではなくその時の社会・政治等に適した形をとる(パラダイムの変化は単なる知識の変遷ではなく、科学者集団の信念そのものの変化である)というパラダイムの変化(クーン)や、あらゆる知識について優劣を論じるような客観的基準は存在しないという方法論的アナーキズム(ファイヤアーベント)を提唱した。
 この科学哲学は科学が進歩する過程で同時に語られなければならないのだが、それがファイヤアーベント以来なされてこなかった。その故に科学の価値が現代において正確に認識されておらず、様々な分野において科学の恩恵を享受している人々の中に反科学主義が存在し勢力を増してきているという現状がある。
 現象的には真理を抱える科学であるが、その価値は受け入れようとする人々の価値観によって大きく変わる。科学哲学者に必要なのは科学の存在理由を根本から問いただし、全ての人に科学の価値をわかってもらうよう努力することである。

 というような内容だったはず。興味を持ったのは、科学・科学哲学の発展の歴史である。アロウの不可能性定理による完全な民主主義システムの不可能性の証明や、ゲーテルの不完全性定理による完全な数学システムの不可能性の証明は具体的な例を挙げながら説明がなされていて非常にわかりやすいと同時に、さらなる興味を引き立てられた。数珠繋ぎで読みたいと思った本を以下に列挙する。
 ○『方法への挑戦』ファイヤアーベント(論文)
 ○『相対論の正しい間違え方』 松田卓也
 ○ゲーテルの哲学 高橋昌一郎
Key Person : トーマス・クーン、ファイヤアーベント、ゲーテル、トーマス・サズ


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昨日は諸事により下宿を追い出されていたので、

休日出勤したり京都カフェ探索をしていたつもりなのだが、

いつの間にか古都探訪サイクリングになっていたw

東大路今出川から御蔭通へ、坂をのぼって白川通に出た所に

『太陽カフェ』なる緑生い茂るかふぇーを見つけたのだが、

やっぱり何だか一人では入れずスルーして北白川へ。

小道のそばをちょろちょろ流れる白川沿いを走ってると北白川天神宮を見つけた。

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しばし奉られていた石々と戯れたのち、白川通へ戻る。

偶然入った本屋が実は古本屋で割と品揃えがよかったので、

2時間ほど時間をつぶして7冊購入。ペーパーバック、新書、世界史の本、等々。

まだ時間があったので哲学の道(の入り口)も拝みにいった。

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道には石造りのベンチがあちらこちらにあって、

スーツの人やおじいさんがそれぞれ思索に耽っていた。

次は歩いて来て仲間入りしようと思った☆


p.s.登美彦氏の作品で良く登場する「琵琶湖疎水」を初めてこの目で見た。

簀巻きにして流すと言われても文字通り疎水なわけで、

放り込まれると「じゃぼーん」でなく「ぐしゃっ」といいそうで、

想像していたよりもはるかに切ない場面であることがわかったw


毎晩ニヤニヤしながら『四畳半神話大系』を読み終えたので、また気分次第でレビューします。
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by chee-choff | 2008-04-27 10:40 | 読書