深爪エリマキトカゲ
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◆ ゆくとしくるとし07→08 (2)
行ってきました八幡宮。

片道30分の道のりを思考に耽りながら…

と思っていたが実際あまり考えることはなかった。

いつものように歩くこと自体を楽しんでいたのと、

かつて日常であった風景を眺めて昔(小・中学時代)を懐かしんでいた。


神社は人が沢山いた。

その人の山を構成する一人一人をそれぞれ違う者として、俺は眺めていた。

年を越える10分前に人だかりのできた神社の大門前に着いたが、

俺は不思議に落ち着いて周りを観察していた。

 人はどんな顔をして新年を迎えるのか。

 一人で迎えるのか、友人と、家族と、恋人と一緒に迎えるのか。

 一人でいる人、誰かと一緒にいる人は、どんな顔をしているか。

 どんな言葉を発し、どんな事を考えながら、何をその目に映しているのか。

そんなことを、考えるというよりは、ひとつの風景として、

そして彼らだけでなく、彼らの思いも視覚化されているように、

俺は見ていた。受け止めていた。いや、その風景に溶け込んで行った。


2008年となったその瞬間、

俺は、自分の中で年の変化を意識することはなかった。

その10秒ほど前から、周りでは自然とカウントダウンが沸き起こっていた。

数が減るにつれ、膨れ上がってゆく声の塊。

そして零となり、拍手が場を埋め尽くす。

「今年もよろしくお願いします」

共に詣でた仲間に、頭を下げる者。

一人でいる者は、静かに目を閉じ、又は何かを口ずさんでいた。

 目を閉じた彼は、07年が終わった、と感じたのだろうか。

 それとも、08年がやってきた、と感じたのだろうか。

 何かを口ずさんだ彼は、誰に対して、誰を思って、

 心の中では抑え切れない思いを開放したのだろうか。

俺はそんな彼らを見て、初めて年の移り変わりを認識した。

その瞬間に、何か変わっただろうか?

いや。

何か、変わりたいと思っただろうか?

…いや。


その場にいた俺は、まさに空気であった。


空気だって、思うところはあるものなのだよ。




そんなこんなで空気であった俺は、缶ジュースのお汁粉を自販機で買って、

早々に山を下り始めた。

うっすら白熱球の照らす行き道とは違う、明かりの全くない山道を通った。

頼れるのは木々の隙間から射し込む月光と、すれ違う参詣者の懐中電灯。

「こんばんは。明かりなくて大丈夫ですか」

「気をつけてくださいね」

自分に向けられる人の声に、温かみを感じた。

その言葉に、真っ暗な心も照らされた。

 照らすものと、照らされるもの。

 見えるものと、見えないもの。

 俺は、見えないものを照らす人でありたい。


帰りは山道と寄り道(年賀状出すポスト探してた)により、50分かかった。

着いたのは、1時。

体は完全に冷え切っていたので、風呂に入ってすぐ寝た。






という過程を経て、今に至る。

ここから、1の続きを書こうと思う。



先に、長期的と言った。

これは、周期が長いことを意味する。

大学生活を始めてから今までの3年半をひとつの安定した状態とみなし、

それと対極に位置する、例えばsin関数でいう山と谷のような関係における、

谷へ、谷底へ吸い込まれるような感覚を欲している。

内世界へ。


今は、その入り口にいるのだと思う。

妙に落ち着いた感覚、他を欲するでもなく拒むでもないメソテース。

自分の想像する限り、これから訪れるは「拒絶心の拡大」。

そう思うにつけ、先に語った我が信条を守るべく

その拡大をただ野放図にするわけにはいかない。


 来 者 不 拒 、

 去 者 不 追 。

このような格言がある。

俺は、前者は守り通したい。

そして後者は、その時の自分の感覚に任せたい。

来る者は、彼自身が何らかの意図を持ち、

又は俺が発するであろう何らかの応答を求めて、来る。

それが彼の本心に従ったものであれ、裏に何かが隠れているものであれ、

俺の所有物を得るためであれ、俺を媒介として第三者に接するためであれ、

俺に近づくそれら全ての理由を、「縁」又は「きっかけ」として、まずはとらえたい。

自分へのベクトルを認識し、真正面から受け止めたうえで、

感じればいい。考えればいい。

端から切り捨てるようなことはしたくない。

だって、せっかくの「縁」じゃないか。


内世界へ向かいつつ、外界からのアプローチを受け止めるのは容易ではない。

なぜなら、双方とも完全形として一個人の精神には両立し得ないから。

そのような心構えでいれば、どっちつかずとなるのは明白である。

どっちつかず。優柔不断。中立的存在。

よいではないか。

俺は、今はこれらの表現を、自信を持って肯定的に捉えられる。

自信が持てるようになったのは、

意識し始めてからもその立場を貫いてきた経験があるから。

肯定的に捉えられるのは、

そこに無限の成長の可能性を見出せるから。


そこに無限の変化の可能性を見出せるから。
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by chee-choff | 2008-01-01 17:49 | 思考