深爪エリマキトカゲ
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◆ interlude -京都和歩と憑依想像遊戯-

昨日は、結局間に合いませんでした。
着替えたり持ち物を探したりと出発準備をしているうちに23:20くらいになり、もうこのあたりから「例年通りだなあ」とあきらめつつも、ずんどこ勢いよく「和歩」で歩いて石清水八幡宮へ向かい、それでも歩くのが早かったのか、本殿より手前にある休憩所に面した広場に着いたところで新年を迎えました。


去年の秋くらいだった気がしますが、平尾誠氏の三島社HP連載記事を読んで歩き方を変えようと思い立ち、半年ほど試行錯誤を重ねながら「私家版ナンバ歩き」がなんとなく形になるまでに至りました(その経緯は「井戸コアラ」ブログの”身体論”タグ記事にたくさん書いてあります。平尾氏の記事の中で紹介されていた安田登氏の「和のウォーキング」が僕の歩行法開発のベースとなっているので「和歩」と名付けました。ブログ内でキーワード検索してもらえれば和歩の要点がつかめる…ほど整理して書けてはいませんが。最近は新しいひらめきがないので一旦の完成の域にあるのかもしれません)。
で、年末に京都・大阪に戻って(実家が大阪と京都の本当に境目にあり、家から1分も歩かない所に府があります)、まあ気のせいかもしれませんが足腰の強さを実感しています。

30日は午後一に小田原から新幹線「ひかり」に乗ったんですが、自由席が混んでいるのはわかっていたので最初から指定席の車両前に並び、すいていそうな自由席車両から離れた指定席車両の連結部に立つことにしました。
毎週BookOffの立ち読みで鍛えているのでこれは平気で、たぶん3時間半くらいは立ちながら、時々ストレッチをしながら、また昼食にパン1個と紅茶花伝ミルクティーをちょこちょこ摂りながら『風土』(和辻哲郎)を読んでいました。
『風土』は普段読まないものを、という方針でのチョイスなのですが、実は3,4年前のGWに「3泊4日くらい一人で普通列車ふらり旅」のお供に持って行って挫折した本でもあるんですが(その時は数ページだけ読んですぐやめてしまったのか、今回あらためて読み始めた時に記憶に残っている文章は全くありませんでした)、今読むと内容が断片しかわからないとはいえ面白く読めるのがまた面白い(つまり読み方、本のどこに面白さを感じるかが変わったのですね)なと思いました。
まだたぶん30ページも読んでないですが、僕が面白いと思っているのは本の内容そのものというよりは「その内容を論理的に示そうとしている著者の書きっぷり」の方で、内容の価値や正しい間違いはさておき(この本に関してそれは僕には判断不能です)、和辻氏のこれを書いている間の頭の中を想像しながら(というほどの自覚はなくて、「想像しているという体(てい)で」という表現がしっくりきますが)読むと、内容の要点と関係ないちょっとした言葉の選び方や比喩の使い方に感心したりして、(内容を理解しようと読むと同じところを何度も読み返すことが多くて大変ですが)なにやら面白いのです。

この年末に帰ってくる前日に読み終えた『喜嶋先生の静かな世界』(森博嗣)はある研究者の内的世界について、彼のそばで接していた主人公が語る小説なのですが、この本にはひとつの「理想の研究者像」が描かれています。工学部の研究室に3年いた僕には想像しやすい内容(大学のキャンパスや研究室の雰囲気は肌で知っています)で、この「理想の研究者像」に、当時の自分と引き比べながら強い憧れを抱いてしまうのですが、その僕自身の経験がさせる撞着から離れる努力をしてから、これは大学の研究者に限定される話ではないと気付きました。
その研究者像のひとつに「一つの専門を極めていくと、他の専門分野の研究の要点も見抜けるようになるし、ひいては他者を尊重できるようになる」というものがあって、これは僕の普段の専門家のイメージとは反するもので(端的にいえば僕は「学問の専門分化、要素還元主義の推進が統一的(ってなんでしょう、「生活的」かしら)な人間性の価値を下げ続けている」といった認識を持っています。他分野の人間には理解できない重箱の隅をつつくような研究に公的資金が下りることもあるわけです(もちろんそのすべてがムダではなく、一方でわかりやすい成果にしか予算がつかない費用対効果重視の評価基準も研究の本質からすれば問題です)。学部生の頃に何度も文転しようとしたり(経済、文学、法とずいぶん目移りしました)、学部4回生の研究室で最適設計工学という「次数の一つ繰り上がった専門分野」に入ったのもこの認識がベースにありました)、読んでいて最初は反発したのですが、森博嗣氏の書く文章に意味のない文章はなくて(「意味なしジョーク」にすら明示化できない意味…じゃないから印象かな、があります)、この認識を念頭に考えてみるに氏自身がこの「専門の深化がたどり着ける普遍」を体現していたのでした(氏は昔は建築学科の助教授でコンクリート材料の専門だったはずです)。

話が進まないので飛ばしますが、僕は「専門家にはなりたくない」という漠然とした認識を持っていて、でもこれをちゃんと言えば「視野が狭くなって他の専門分野に興味を持たず、他者の思考を尊重しない専門家にはなりたくない」であって、そうならない道として昔は「(狭く深く、ではなく)浅く広く」しかないと思い込んでいたのですが、「狭く深く」を追求していってあるところで視界が一気に(だんだん、かもしれませんが)広がるということもあるなあと、たぶんちょっと前からわかってはいたのでしょうが言葉にしたことがなかったことを、『喜嶋先生~』の「喜嶋語録」に触れて言葉にしたくなったのでした。
そして、話が戻っているのか話を単純にしているだけなのかわかりませんが、「浅く広く」もやり方次第では「一つの専門」になりうると思います。たとえば「雑学クイズ王」みたいなものかもしれません。僕の今の興味からすれば「生活の専門家」と表現すれば言いたいことが言えていることになるのですが、実際的な面と同時に思想的な面もフォローするには「生活」という言葉は実際側に傾きすぎているように思えます(鶴見俊輔氏の「限界芸術」にならって「限界生活」とかどうでしょうか…なんか限界集落みたいな響きがしますね。ふと「電波少年」の”なすびの懸賞生活”を思い出しました)。

『風土』の話から逸れて何が言いたかったのかというと、昔は興味を持てなかった本に興味がもてるようになったこと(を認識したこと)から、『喜嶋先生~』にあった「専門の深化がたどり着ける普遍」を連想し、そこから、僕自身が距離をおいていると思っていた何かしらの「専門性」を僕が持ちつつあるのではないか、ということも考えてみたのでした。
このことは連想しただけで、それを今掘り下げてみようと思いませんが(なんとなく、今「生活」としてやっていることが「仕事」に結びつきそうな気がするのです。これもまた今の僕が避けようとしている認識です)、とても大事なテーマだとも思うので、今書いているこの文章を読み返す未来の自分に期待するとしましょう。

15:38

+*+*+*

初詣の時の話を書こうとしていました。
今年は特に何もなかった気がしますが、とりあえず書いてみましょう。

そうだ、和歩で歩くと(西洋歩きの時と比べて)頭の回り方が違うという話を最初にしようとしたのでした。
歩き方に向ける意識の割合が多い分、込み入ったことを考えられないのです。
はちまんさんに着くまでで覚えているのは、3,4年前くらいにできたらしいTSUTAYAが閉店していたこと、道中で夜中のドライブについてしゃべっていた若者の集団がいたこと、アスファルトの上り坂から砂利と土の山道にたどり着くまでに足の疲れを感じたこと、それから山道を登っている間にその疲れを忘れたこと、くらいです。


そうだ、足腰の話も最初にしようとしていました。
30日の夕方に京都駅に着いてから、新町通りを丸太町くらいまで北に歩き、下鴨神社まで行くつもりが時間がなさそうだったので東に折れると京都御所があったので御所のだだっ広い砂利道を歩き、現在位置がわからなくなったのでとりあえず鴨川を渡ってみたら御池通だったので神宮丸太町駅に向かい、京阪で実家へと向かったのでした。

京都御所の敷地の広さと砂利道は急いでいる時に歩くにはうっとうしい以外の何物でもありませんが、僕はまだ急いでいなかったし、和歩研究の恰好の場所であることを思いついたのでそれはそれで興味深く歩けました。というのは普段歩く時に安全なまっすぐの道では目をつむりながら歩くことがあって、それは視覚情報があるとないとでは身体動作に割ける意識量がだんぜん違うからです。視覚情報がない状態でまっすぐ歩けるかどうかというテーマもあって、これについては御所で実感できたことですが、目をつむって歩いている間に「歩行を成立させるために身体が集める情報(歩行情報)」の種類がだんだんと変わっていくようです。もちろん目を開けていれば視界がその歩行情報の最たるものになり、あとは副交感神経(と言っていいのか正確には知りませんが、要するに意識できない領域)として平衡感覚を司る三半規管があるでしょうか。それが目を閉じると、最初のうちは閉じる前の視覚情報の残像を頼りに歩いていて(その残像を脳内で歩行に合わせてスクロールさせる想像をしたこともあります。その効果はよくわかりませんでした)、また意識的に聴覚を使って歩行を安定させたりもできます(反響定位というやつで、そばに建物が並ぶ道や屋内の廊下などでは効果があります。また道を目を閉じて歩いていて、何か違和感を感じて目を開けると横に自動車が止まっていたりすぐ近くに電柱があったりする経験を何度もしていて、訓練を積めば視覚障害者が必要上獲得するような鋭敏な感覚が得られるのだろうなと思います)が、目を閉じて歩く時間がある程度経つと急に不安度が増してきます。あ、そういえば目を閉じていてもまぶたは光を完全には遮断しないので、日なたから日陰に入ったり照明に照らされたりすると顕著に影響を受けることはわかっていて、目を閉じていても情報量が少ないだけで視界は視界だなあと今あらためて思います(調べてはないですが、目を閉じている間に茶色がかったグレーの地に赤と青の粒が乱れ舞うさまは寝入る前に「目をつむった状態で”見ようとする”」ことで見ることができますが僕はあれは桿体(地の方)と錐体(赤と青)だと考えています。細胞がそのまま見えているのか何なのかわかりませんが、これらはある程度意識的に動かせる気がしていて、これを上に書いた「歩行時のスクロール映像」として再構成できたら面白いなと思ったことがあります。実感として途方もない話ですが)。何の話を…そうだ、御所で目をつむって歩いていて、その「歩行情報の収集先」が切り替わる瞬間を実感したという話でした。こういった実験は目をつむっていくら歩いても安全な場所でやればじっくり考察ができると思います。空港の滑走路とか?


足腰の話に戻りますが、要は新幹線で3時間以上立ちっぱなしのあとに京都の市街地を1時間半くらい歩いて、その日はあまり疲れを感じずに終わったんですが次の31日に初詣に向かう時に道中一時疲れを意識したものの面白いところ(身体が躍動するところ、の意味で、アスファルトより山道の方がでこぼこしていたり地を踏む感覚にもバリエーションがあるので身体にはうれしいわけです。後でもっと疲れるという面もありますが、疲労にもすがすがしい疲れとすっきりしない疲れがあるわけで、山道を歩く疲労は前者ですね)を歩き始めると疲れを忘れて、結局初詣では本殿での立ちっぱなしが1時間弱と、行き帰りの歩行が2時間弱の運動をして、帰って風呂に入ってさっぱりして翌日は通常通りという経過で、数年前は新幹線の立ちっぱなしだけでひいひい言ってたのに比べると強くなったなあということが言いたかったのです。

で、それが単純に足腰が鍛えられたというだけでなく、和歩によって疲労が足(足首、ふくらはぎ、ふとももなど)だけでなく全身に分散できているからかもしれないなと思っています。
それを実際にどうやってるんだという話になるととても言葉にするのが難しいのですが、僕は和歩を開発するなかで「なるべく全身を使って歩く(方法を探求する)」ことを心がけています。例えば…多田容子氏の武道関係の新書(タイトル忘れました…すみません)に書いてあった、腰と尻が分離するような歩き方をしていると着地の衝撃が尻より下(ほぼ足ですね)にだけかかる、という表現にはなるほどと思って僕も実践していますが、このことを多田氏は「尻を(腰に)収納する」と呼んでいました。

話が変に飛びますけど、いつか将来「天狗下駄で四国遍路を踏破したい」という他の(常識的な分野の)将来設計に比べればかなり明確な目標があるんですが、その時に和歩が実力を発揮できそうな気がして、これはなかなか楽しみです。

18:02

+*+*+*

石清水八幡宮に着いてからの話。

例年通り(という言葉はこの文全体にかかります)、本殿に向かう石畳の道に並ぶ人の列に並び、列が進んで門をくぐると賽銭箱にたどりつくまでがすごい人だかりなのでそこで列を左に離れ、矢の願掛けをしている雅楽隊と巫女さん達の演をしばらく眺め、その舞台の横の、御籤の番号を引く六角形の鉄の箱が置かれた台と挟まれた地点に佇んで「乗り移り想像遊び」をしばらくやり、敷地内を時計回りにゆっくり歩いてからお守り売り場の手前からちょっと離れた地点に佇んで「売り子さんの応対観察」をしばらくやり、敷地を回り切って門を出て、手水場の通路を挟んで反対側に設けられたたき火にしばらくあたり、休憩所まで下りて屋台やら自販機やらを一通りひやかして、(たぶん)八幡駅側へ向かう道を手洗いの前で左に折れて「誰も通らない(曇りの日は本当に)まっくらな道」を暗闇に目が慣れるまで一歩ごとに立ち止まりながら歩いて下り、もときた道に合流してそのまま下山しました。


「乗り移り想像遊び」は今また命名しましたが(タイトルはもっと仰々しくしてみました)、何年か前の「ゆくくる」に同じ話を書いた時には「盗眼」と呼んだ覚えがあります。
正月の混み合った神社ほど人が無防備になるTPOはなくて、そこで人の表情をガン見して、その人が何を考えているかを想像するという多少趣味の悪い(見方を変えれば極めて高尚な)遊びで、僕がそれをやりながら頭の中で文章を組み立てるわけではなく、イメージが浮かんでいるかも微妙なところで、ただただ期の赴くままに凝視するだけです。
恐らくこの遊びによって得られる想像の糧は計り知れないものだという…なんだろう、妄想的観測があって、日々の読書生活に意識できない(直接の関連を見いだせない)レベルで潤いをもたらしているものと推察されます。

で、今年これをやっていて新たに気付いたことなんですが、美男美女カップルというのはどれだけ自分に関係なかろうが(芸能人なんてその最たるものだと思いますが、テレビを見る人にとっては関係大ありなのかもしれません。僕は知りません)見ていると羨望が入ってしまうものだと思うんですが、これは「(直接的な人物描写がなければ)小説の登場人物(主人公、だったかな…)はみんな、読み手が勝手に美男美女だと想像してしまう」(これは集英社文庫(たぶん)の「読者の名言集」が一節ずつ載ったしおりに書いてありました)という仕組みと関係がありそうだ、ということです。
「絵に描いたような」という言い方(形容詞的用法)があって、「映画(ドラマ)に出てきそうな」はそのバリエーションなんですが、これも「美男美女前提」の認識がベースになっていて、それでいて映画やドラマを観る時に人は登場人物に感情移入したりするわけです。で、もちろんそれは頭の中で行われるわけで、しかも頭の中で「簡単に」行われるわけです。この(あまりにありふれていてあらためて意識なんてしない)経験(に伴う機制)が街中で美男美女カップルを見かけた際にも発揮されるのですが、その時に「私(僕)もああいう風になれる」という意識される前の認識がまず浮かび上がり、それを現実的な思考がすぐ否定する(実際に当人が意識するのはこの「否定」が最初となる)ことになります。

この仕組みの話は今考えたことで、神社で立っている時はより実践的なことを考えていて、つまり「”その時”に羨望を抱かない方法(論理的解決法)」を思いついたという記憶は残っているのですが、はて何だったかな…?

ああ、美男美女というわかりやすい性質だけにとらわれない、だったような気がします。
要するに初対面の(あるいは初めて見かける)人を見る時にどの部分をどれだけ詳しく観察するかという話で、羨望を招く性質にだけ目が行くとその性質がその人の全体的な印象を決定してしまう(その人の性格やら趣味やら他の情報に対してすべて色眼鏡がかかってしまう)ので、そうならないように人間観察を(見かけ、ふるまい、会話内容はじめその人の個人情報などに対して)公平に行えばよいのです。
で、神社でこの実践に成功して、「乗り移り想像遊び」の間にあまり余計に気が散らなかった記憶がなんとなくあるんですが、これはまあそうだったと思っておけばいいことですね。


あとはたき火の話を少し書いておきましょう。
暖をとりながら火をじっと見つめるのですが、右目が弱視の遠視、左目が近視の僕にとって初詣の神社のたき火は視覚実験における好適条件が整った場なのです(実験ばかりしてますね)。
毎年なにかしら火の見つめ方を変えて納得したり感心したりするのですが、今年は「ピントを外した状態の左目で火をじっと見る」をやってみました。
僕の目は左右で一緒にピントが合うことがないので、右目にピントを合わせれば左目は自動的に(より近くを見る方、すなわち目のレンズが厚くなる方に)外れます(左右のピントを独立して合わせることができればそれはそれで凄いことなのですが、特にやろうとしたこともなく、アプローチ方法も全く思いつきません…まあここでこの話を書いたことを縁ととらえて興味はもっておくことにします。これができちゃうとまともに目が見れなくなりそうで怖いですが)。
そうすると、火はぼやけて見えるわけですが、火の粉の一つひとつが「ニュース番組のエンドタイトルで夜の都市が移されていて、カメラのフォーカスが移動した時に車のヘッドライトや道路灯が円状に滲むような」円状に見えて、その滲んだ円状発光体がそのような動き(つまり火の粉が飛び散る動き)をするのを見たのが生涯初めてで、その絵から何を連想したかといえば「シューティングゲーム(「グラディウス」とか。懐かしいですね)」で、しかも普段僕が連想という時ほど遠くない連想で、つまりシューティングゲームのゲーム画面そのものを見ているような感覚がありました。

ゲーム画面が現実に、現実感覚として(画面上でなく、という意味です)現れる体験もなかなか興味深いですね。
ニコニコ動画で、3Dキャラクタのモーション像を実写動画に貼り付けてARを表現した動画を見たことがありますが(確か「MMD」というソフトを使って作るのだと思います)、あの動画の中に自分がいてモーション像を目の前に見ている感覚のようなものでしょうか。

晩御飯です。

19:32

+*+*+*

晩御飯を食べながら格付けチェックと「相棒」(途中まで)を見ていました。
Gacktのチーム連勝記録が途切れちゃいましたね。
「怒ってるんじゃない、悲しいんだ」は名言ですね。
僕も同感です(何が?)。
あと「相棒」の相棒がまた変わっていて、反町だとはすぐわかったんですが、なんだかGacktに見えてしまいました。
反町が「白Gackt」ならGacktは「青Gackt」ですね、黒じゃなく(何が?)。


今年のinterludeはいろいろ混ざってしまいました。
毎年気ままに書いているので、これも一つの変化の証ですね。

項を改めまして、引き続き「ゆくくる」を書いていきます。

22:15


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by chee-choff | 2016-01-01 22:15 | その他 | Comments(0)