深爪エリマキトカゲ
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◆ 弱さを中心に据える
 健常者が基準となって,基準を下回る障害者を助けるのでなく,
 障害者を「普通」として,障害者はもちろん,健常者にもよりよい暮らしを築く.

併読リンク5のタイトルを考えていて,ふと以前読んだ話を思い出す.

未熟な子どもから成長し,一人前の大人になるという一見当たり前の成長モデルが,
「大人が社会の中心である」という価値観をより強固なものにしている.

けれど,大人が中心となって営まれる社会の形態はそう古くからあるものではない.
例えば江戸時代は子どもと老人が社会の中心にいた(と思う,うろおぼえで失礼).

 子どもは「大人がかつてそうであったもの」であり,
 老人は「大人がゆくゆくはそうなるもの」である.

 かつて自分がそうであった,大人に養われていた存在としての子どもを大人たる今の自分が養い,
 将来自分がそうなるであろう,大人に養われる存在としての老人を大人たる今の自分が養う.

「強固な自己」がなかった時代では,そのような価値観が違和感なく成立していた.

現代においてその価値観の復権を行うに,劇薬は存在しない.
自分から,自分の周りから広げていく草の根(グラスルーツ)的活動が最も地道で確実な手段.
病気のメタファーで言えば,
薬という「モノ」に頼らず自分の身体の可能性を見つける(信じる)ことで「病」を治す.

「明確な個の存在」をスタートとして「社会の中の自分」をいい意味で把握することはとても難しい.
でもそれは思考(論理性)を手段に用いての話で,もっと簡単な方法としては,
「社会の中の自分」を体現している憧れの対象,ロールモデルたる個人がいればいい.
と言っても,そのような個人が純粋に憧れを抱ける形で有名になる(「メディアの人」となる)ことは,
ありえないというかメディアのルールからして矛盾している.
インターネットも同様で,そのような実現の道筋を「玉」だとみなした時,
玉石混淆の「石」が多すぎてやはり埋もれてしまう.
(埋もれずに抜きん出ることはそのままルール通りの「有名」になってしまう)

やはりグラスルーツが「最適解」なのか…?
結果を期待値の大小で評価する意味は全くないけれど…
頭で落としどころをつけようと思うと勝手に出てくる理系の悪い癖で…
んんん何が言いたいんだ…
そうか,何が言いたいわけでもないのか.



本題に戻る.
タイトルは”「弱さ」が社会を支える” にしよう.
もう少し洗練させたかったが…また気が向けば.
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by chee-choff | 2011-03-02 01:05 | 思考