深爪エリマキトカゲ
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◆ 面倒臭がりを逆手に取る
今日は大量投稿.

これは前に書いた「面倒臭がりの効用」という記事で

「以前も同じような話を書いたかもしれないが…」

と書いていて,書いたのは本当だったがブログにあげてなかった,

その当の文章.

そしてこれを今からちょっと前に読み返して「面倒臭がりの効用」記事との

比較をやろうとしたができずテキトーにグダグダ加えただけのコメントがくっついていて,

もう本当にぐちゃぐちゃしている(自分が).

それでも載せる.

だってこれ備忘録だm(ry


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面倒臭がりを逆手に取る

2010/10/31 13:24
大勢の場に出向かない、出不精である。
これらは面倒臭がりの一形態に過ぎない。

「脳の出力は行動でしかない」と養老先生が
言われているのを目にしてギクッとした最近だが、
そして流されて「車が欲しい」とつぶやいたりしたが、
盲目的に信じるのはやめておこうと思う。

これは別の話であって…
面倒くさがりが面倒と感じる場面は様々にあって、
 1.何かをしている時に別のことをするのが面倒
 2.体を動かすのが面倒
 3.面白くなさそうな思考をするのが面倒
 4.効率の悪い動作をするのが面倒
 5.今の気分を大きく変えることをするのが面倒
 (…)
といったものがある。
1なら、
「ある本を読み終えて違う新しい本を読もうと思うが、
 今座っている付近に数冊読みかけの本が置いてあり、
 本棚まで行って新しい本を選ぶのが面倒なので手元の本を手に取る」
2なら、
「旅行に行くにせよ美術館に行くにせよ、
 実際に見に行かずに(例えば本を読んで)同じような体験をすることが可能ならば、
 わざわざ時間をかけて人混みに紛れながら行くこともないだろう」
3なら、
「同じような思考の繰り返しでも発展の余地が見えればするが、
 堂々巡りだと感じられた瞬間に遮断する」
4なら、
「晩飯を自炊するのが非常に面倒だが、
 朝食のりんごとサラダの準備ができていないのでせっかくだし両方やっとくか」
5なら、
「あるBGMと相性の良い本を読んでいて、
 違う本を読もうと思った時にその違う本のBGMとさっきまで読んでいた本のBGMに落差がある場合、
 その違う本を読む前の準備としてそのbgmを聴く」
(ややこしいので解説:大文字BGMは頭に流れる「脳内BGM」,小文字bgmはスピーカで流す音楽)

つらつらと例えを挙げたがここで言いたかったのは、
1、4、5はうまく利用すれば自分のやりたいこと
(やった方がいいと冷静な自分は思っているが気分的に
すすまないこと)をうまくできるということ。
(4のシチュエーションで「せっかくだし」が自然にでてくるところは
 面倒臭がり(ここではその一形態「ついで症」やね)ならではの役得ではないかと内心思う)

「自分に正直に」「自分を騙すな」といった言葉を
真に受けていた時期が(つい最近まで)あった。
今は「その「自分」なんて一つに定まってもいないし
時間に応じてどんどん移り変わるものを定位できる
はずがなかろう」と思えてはいるが、
昔の態度が今でも自然に出てしまうことはある。
それは例えばなにかぐちゃぐちゃした思考操作をして
行動に移そうとしたときに、
後ろめたさを呼び起こしたりする。

それは過去に捕らわれているのだ、
と思わねばならない。
一人でいると冷静でいられるのは事実だが、
自分自身に敏感でいられるだけに
「自分の思考と身体の乖離」に気づいてしまって
とまどうこともある(例えば上記のような)。
それを克服するには「上位階層の思考」が必要となる。
つまり「思考(脳)と拮抗する身体を俯瞰する思考
ということになるのだが、これはなかなかレベルが高い。
今はひとまずそういう思考が必要だ、
という認識をするだけでとどめておこう。
2010/10/31 13:48


2011/01/18 00:50
久しぶりに読み返して、
なかなか凄いこと書いてるなと思いつつも、
最後で「思考に囚われてる状態を思考でなんとかする」
というはちゃめちゃな結論に至っている所が
今の自分のスタンスを明朗に語っていて、
なんとも面白いというか涙がほろり
単純に「身体を動かす」というソリューションもアリなんだけど。
まぁそれが面倒くさいというのがまさに
この文章を書くきっかけだったりするのだろう。

ちょっと前に「面倒臭がりの効用」と題して
この話と似たようなことを書いたのだが、
ブログに書いた方は話題の一部を展開していく流れで
あったように思うが、この文章はそれよりはもっと
包括的に書かれているようだ(と既に他人事)。
今までトピックとして掲げたものが随所で
顔を出していて、それが恐らく自分の生活を
惜しげなく話題の提供元としているからであって、
改めて自分を客観的に見ることができている錯覚に陥りそうで
なんとも面白いというか涙がほろり

しつこいね(笑)
読み返して「ほう」と思っただけで
特に言いたいこともないとこういうグダグダになると
分かったことを収穫としておしまい。
2011/01/18 01:00
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by chee-choff | 2011-01-23 18:04 | 思考 | Comments(3)
Commented by snatch-go-away at 2011-01-25 20:08
お久しぶりです。
この前メールでやり取りしてから懐かしさのあまりブログに現れてしまいました。
相変わらずの勢いで書いてるねー。
僕の方はと言えば、すっかり足が遠のいてしまっていました。

会社人になり、仕事から帰れば家では休息の時間が今まで以上に取れると思っていたけど、そういうわけでもなく忙しく日々が過ぎていきます。
頼まれごとがあったりね。
その人の生活スタイルというのは性格みたいなもので、自分の思いとは別にそう変わらないのかもしれないね。
いや、思いが違えば行いも違うのだろうけど。

ちひろは宮部みゆきもキーワードに入ってるんだね。
このまえ著者の本を読んだんだけど(小説ね)、この人は感情・気持ちの捉え方がうまくて参考になります。
そうか、そうやって考えるんだなって思わされる部分が多くありました。
そう思い至らないとは自分もまだまだ取るに足らない人間なんだなーと。

ちひろの書き込みと関係ない話になってしまってすまないね。
でも久しぶりに楽しんで読みました。
ちひろの思考っぷりが見られて面白い。

お邪魔しました~。
Commented by snatch-go-away at 2011-01-25 20:31
つらつら読んでいてリンクに飛んだら、なぜか自分が登場していて(独り言の効用から / 妙ちくりん)びっくりしたではないか。
そこまでに思っていたんだね。いやはや・・・。
まぁ、当時はちひろに頑張ってもらいたかったからね。
今となってはその時のことは楽しい思い出だなぁ。
僕自身は別に迷惑には思っていなかったからご安心を。
誰しも失敗はあるさ。かくいう自分も。

ま、堅くならずにこれからもよろしくー!
Commented by chee-choff at 2011-01-29 17:42
あはは,まぁ当時を再現しようと思うとああいう書き方になってしまうというだけで,そんな堅いというほどでは,ね.
もちろん今となっては僕にとっても懐かしい思い出であって,それを今の自分と何かしら繋げてみようと思っただけなので.

「生活スタイルはその人の性格みたいなもの」とはゴウ君が言うと説得力あるね(笑)
相変わらず人の頼みをにこやかに聞き入れまくる日々を送っているのかな.
僕が言うのもなんだけど,(色んな意味で)働き過ぎてあんまり傍にいる人を心配させないようにね.

僕の文章が相変わらずというのは,やっぱり院時代の思考スタイルが染み付いちゃった結果なのだと思う.
身に迫る現実とは距離を置いて俯瞰しようとする意識は,当時は(現実逃避のために)必要に迫られて構築したものだったはずだけど,今はそれが思索を深めるために前提とする姿勢になってる.
このあたりきっとゴウ君の「生活」(「思考」は似るかもしれないけど)とはかけ離れたものだろうから,そういう意味でたまにでもブログを覗いてもらえたらと思います.

ん,これからもよろしくね.そして身体は大切に(むしろ俺が言われる方かな).