深爪エリマキトカゲ
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◆ 小説執筆動機考
十分(「じゅうぶん」ではない)打鍵シリーズ1.


2010/06/23 21:51
森博嗣の全く小説でない小説(水柿&須摩子シリーズ)を
読んでいて、小説の書き方を具体的に想像できた。
何かしら言いたいことの具体的な内容がいくつかあり、
その関連性や骨組み、構造なども曖昧ながらある。
それが(何かを)書きたい衝動の原点であって、
それをそのまま書くのであればよく言って「随筆」、
または単なるブログということになるのだが、
それをそのままではなくて何か別の形式に「委託」する。
「仮託」といった方がよいか。
いや違った。
表現形式を変える、もしくは付け加える。
その一つの手段として「小説」がある。
登場人物を造形し、彼ら彼女らの生い立ち云々から
背景描写、小説世界の状況設定などが構築され、
その彼らがもともと自分が言いたかった内容を
そのまま言う、もしくは行動で示す。
自分が言いたい内容がはっきりと言葉にしにくい場合、
登場人物の行動や思考(それは小説世界の構成物と
ごっちゃになって深みが与えられる)に頼ることで
表現としてはより自分の納得のいくものになる。
自分が言いたい内容を現実そのままに書くというのは、
その内容の背景はといえばそのまま自分自身の生きざま、
具体的には生活感や過去の経験などが該当するのであり、
書く本人には文章に起こさずとも把握している分もあり、
至極分かりやすいものになることはまず間違いあるまい。
が、それを他人に伝えたいと思うのならば、
自分の生活感や過去の経験をそのまま一緒に連ねることに
抵抗がある場合(が多いと思われるがために)、
それらと同じニュアンスの小説世界を構築したうえで
同じ内容を語る、すなわち小説世界の登場人物に
語らせる(語ってもらう)形式が有効となるのだ。

なるほど。
小説の執筆動機として、
そういう回り道ちっくなものもありえるのか。
このことに気づかせてくれたのは、
エッセイとしか思えないような話を小説の形式で
(もはやその形式ですら形骸化しているが)
綴られた本シリーズである。
最初は「ホント好き勝手やってるなぁ」くらいしか
思わなかったのだけれど、
不意を衝いて意外なことに気づかせてくれたので、
これはソーシャルライブラリで評価しようと思っていた
点数(3.5)を上げねばなるまい。
(→4.0になりました)
2010/06/23 22:03
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by chee-choff | 2010-07-01 22:18 | 思考