深爪エリマキトカゲ
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◆ きたばま
休刊日
→朝刊がお休みの日.
 月曜日が多い.
 つまり日曜日たまにはやすみたい記者さんたち.

休肝日
→肝臓がお休みの日.
 平日が多い.
 でももらえるのは「相対的な」お休み.

休眼日
→目がお休みの日.
 基本的にない.
 だが基本あるところあまねく応用あり.

というわけで目のおはなし.

+*+*+*+*+*+*

寮の前に広がる畑の向こうにはコンビニがあり,

隣の本屋と中でつながっている.

よってコンビニが24時間営業であるために,

本屋も24時間営業である.

だからといって夜な夜な立ち読みしに行くわけでもなく,

出掛けない週末があると歩くことを第一目的に夕方頃足を運ぶ.

要は毎日歩きたいから歩く.


最近仕事で顕微鏡を一日中見るようなテーマをもらい,

MTG報告用のスライド作ったり日報書いたりしてPCを見る時間も多く,

それでいてブログを書いたりするものだから目が疲れるのなんの.


歩きながら,

目を瞑ったまま歩ければいいなぁと思う.

 
歩くのは好きだが,

理由はいろいろある.

景色を眺めるのも好きだが,

そして立ち止まって見る景色と歩きながら見る景色の違いも楽しいが,

それは歩くことそのものの楽しみではない.



目を瞑りながら歩く方法を考える.

目を開いて進行方向を眺めていて,

ふっと目を閉じた瞬間,残像が残る.

その残像は,薄れはすれど,

地表での空間移動に追随しない.

残像を見ていてはいけない.

一度目に焼き付けた景色を,

なんとか工夫して後方に流れさせねばならない.


網膜が光を感知するために,捍体と錐体というものがある.

それがどういうものかは調べれば分かるので,

これから書くテキトーなことの真偽も読み手にお任せ.


目を瞑った時に,あるいは明かりのない場所で目を開ける時に,

すなわち網膜への入力信号が無い時に,

見える(ように見える)赤や青の粒子.

背景には濃度の異なる灰の四角が無数に浮遊している.

光を受け取って「見ていることにする」細胞が見えるというのもおかしな話だが,

赤や青の粒子が錐体,灰色の四角が捍体に対応しているように思われる.

仮にそうだとして.

寝る前によくこの「赤青灰」をぐもぐも遊ばせるのだが,

それを思い出してふと気付いたのだけれど,

こいつら,少しばかり制御できるんだ.

「少しばかり」もまだ強調してるほどで,

実際何か絵が構成できるほどではなく,

WindowsMediaPlayerのグラフィックイコライザーのようなイメージで,

例えばスペーストンネル的なものを宇宙船でくぐり抜けるとして,

その進行方向を選択できるくらいのものである(この例えで分かる人いるのかw).

でもまぁ少しとはいえ制御できることに可能性が見出せるわけで,


前の話とつなげれば,

訓練次第で「目を瞑る前に焼き付けた景色」をあたかも目を開けて歩いているかのように

動かすことができるのではないかな,と.


まぁでもそれをがんばりすぎるとつまずいてこけること必定なので,

ほどほどにがんばりつつ同時に「足の裏の感覚」も鍛えねばなるまい.

というのも目を瞑る分だけ身体情報に敏感になるわけで,

率直に言えば,おそらく足の裏が何を踏むかで「赤青灰」は簡単に変質する.

その対策としては,その変質の大きさは意外性によるものと思われるがゆえ,

目に焼き付ける景色において,この先に踏みしめるであろう地面の凹凸を

重視することが考えられる.


といったことをつらつら考えたうえで,

ひとまず「まばたきの逆」をやって歩いてみた.

何が逆なのかというと,「パチパチ」は同じなのだけれど,

「開→閉→開」ではなくて「閉→開→閉」をやると.

つまり基本は目を瞑りながら歩いて,

「なんか不安だなー」と思ったら一瞬だけ目を開いて,

でまた目を瞑って歩き続ける.

人通りの多い所や交差路でやるととても危険なので,

不確定要素がないことが確認できるだだっ広い田んぼを抜ける道で実践する.


慣れると楽しそうなので,

ちょこちょこ練習しようと思う.



ヒマ人とか思わないでねw

事実やけど.
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by chee-choff | 2010-06-06 18:27 | 思考