深爪エリマキトカゲ
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◆ 抽象思考の発露
前の話(「無限の具象化」だったか)の続きみたいなもの.

抽象的な言明はどのようにして形成されるのか.

そもそも無から何かが生まれるというのは頭の中の話であってもありえないのだけれど

(そう思ってもそれは「それが意識できた前触れ」に自分え気付いていないだけである),

その意味で(?)意識できるものであれできないものであれ,

抽象文が思いつく前触れなるものは,必ず「具体的な何か」ではないかと思う.

それを元をたどればの話で…と続くと「何でもそーやんけ」になってしまうのだが…

降参. いいたいことだけ言う.

僕が言いたかったのは「抽象は特定の具象に始まり新たな具象を生み出す」ということ.

「上位階層・下位階層」と「抽象文(内容)・具象文」は大体においてそれぞれリンクしているとは

イメージしやすいけれど,詳細はまた考えるとして今は省略.

で,抽象物の役得はまさに「多くの具象物をそこから引き出せる」ことにあるのではと思う.

それそのものが実生活・実行動で役に立つわけではないが,

抽象物を傍らに(「座右に」がよいか)置いておけば,

「思考の跳躍」のひと手間だけで,色んな場面でうまく振舞うための基軸にすることができるのだ.

それら抽象物の中でとりわけ使い勝手のよいものが「座右の銘」と呼ばれるものだろう.

そして「思考の跳躍」によって抽象物と具象物とを行き来することで,

(視点が,構造が,組み合わせが,…)新たな発想がそれこそ無尽蔵に生まれるのだ.

この感覚を「無限大の実体験」と呼ぶことができるならば,

この体験なくして具象世界(実際に五感で捉えられる物が存在する世界)の呪縛から

解き放たれることはない.

言い換えれば,「無限」なる概念を抽象物以上のものとして把握することが叶わないのである.

語感だけで言えば「頭を使わないリアリスト」がこの典型なのではないか.

僕は昔の日本人にはそのようなイメージ(「生活の知恵」の発達)を持っているけれど,

それでもってあの(江戸時代の庶民のような)素晴らしい節度を保った道徳を備えていたというのは,

やはり…


何言ってるかわかんなくなった(笑)

つづく.
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by chee-choff | 2010-01-04 14:59 | 思考